第2話 酒呑童子
少年の目の前で父親が殺された。
それは突然の出来事だった。いきなり居間から悲鳴が聞こえて駆け付けるとそこには無残にも首元が鋭利な刃物で切り裂かれて絶命している父と母の姿があった。
『お、こいつかぁ?例の小僧は』
二人の人間がいた。いや、正確に言うともう一人は人の形をしているが、人ではなかったのだ。
天井にぶつかりそうな程高い身長に全身が青色に染め上がっている。そして一番目に付くのが額の両端から長く突き出た角が窓から差し込む光で不気味に光っていた。
「い……一花……に、逃げて……」
「っ……!母さん……!?」
身体中に切り傷があり身に着けている服が血の色に染まっている母親は息子に向けてかすれた声を投げかけた。
「は、早く……!で、出町柳の直政さんのところへ―――」
「うるせぇな」
握った拳を顔面に叩きこむと母親の身体が吹き飛び壁に衝突した後地面に倒れ込んだ。
「あー、いきなりお邪魔してほんまごめんな。でもこの二人が無駄に抵抗したから仕方なく殺してしもうたわ……アンタはそんな馬鹿げた事せえへんよな?」
巨大な青鬼の横に悠然と佇み煙草の煙を吐き出した男はごく普通の人間の井出立ちをしている。
肩まで伸びた髪を綺麗に揃えてカットしたおかっぱ頭の男に少年は目を離せなかった。
なんだろう、この強烈な嫌な感覚は……男の態度はごく普通なのに身体全体から殺意と悪意をひしひしと少年は感じていた。
「何も傷つける事はせえへん。ただ俺らと一緒に来てもらえたらそれでええねん。せやから―――」
「一花!!」
ふと母親の声が聞こえたかと思うと青鬼の腰へ必死にしがみついてる。悲壮な表情を浮かべながら最後の力を振り絞り声を出した。
「早くっ!!行きなさい!!」
その言葉を聞いた瞬間、少年は背を向けて全力で走り出した。一度でも立ち止まってしまったら確実に自分も殺される。そんな恐怖が頭の中を支配している。
「はぁっ……!はぁっ……!」
死んだ父親や必死に食い止めた母親の事が気がかりだった。ただそれ以上に直面した死の影に怯えた少年は最早助けるという選択肢すら消えてなくなっていた。
(と、とりあえず母さんの言ってた人の所へ……!)
財布やスマホは家に置きっぱなしになっているが今更戻る事も出来ず少年は走って目的の人物がいる場所を見つける事にした。
幸いにも少年が住んでいた家から出町柳までは徒歩でも10分程度の場所に位置しているので自身の足でも充分にやつらが自分を捕まえる前に辿り着けることが出来る。
「おらぁ!何逃げとるんじゃあ!!」
「ぐっ!?!?」
突然右肩に強烈な熱さを感じた。震えながら見ると先程青鬼が手に持っていた巨大な刀が奥深く刺さっている。
「あ、がぁぁぁぁぁ!?!?」
「ふんっ!」
刀を引き抜かれ大きな傷跡から大量の血が流れだした。右腕の感覚が急速に失われていく。
「あーあ、だから言ったやろ?無駄な抵抗せえへんかったら傷つけんって」
紺色のスーツに身を包んだ関西弁を喋る男は地面に膝をついている少年の目の前に立った。
(何で……、何で誰も気づかないんだ……!?)
白昼堂々とこの世のものとは思えない異形に斬りつけられているのに何故か周囲を行き交う人達はまるで少年という存在が見えないかのように過ぎ去っていく。
「ああ、この周囲に俺達の存在を認識できないように結界を張ってるから」
男の口から出てくる台詞はどれも荒唐無稽でとても信じられるものではなかった。
もしかして今目の前の出来事は全て夢で自分は今部屋の中でぐっすり眠っているんだと現実から逃れようと脳が勝手に思い込もうとしている。
「腕の一本でもぶった斬るか」
「あのお方からは出来るだけ無傷で連れてこいって言われてるやろ。それにあの獅子堂組の連中もこいつを探してるんやから早く運ばなあかん」
「ふん、つまらん。まだ食い足りないぞ」
「まぁまぁ、また次の機会にしといてや」
青鬼の言葉に少年は視界に写る全ての風景の時間が止まったような感覚に陥った。
いま、こいつは何を言った?食った?もしかして、父さんと母さんの身体を喰らっのか?
「さて、もう分かったやろ。逆らったら今度は腕一本の怪我だけじゃすまんで。大人しく―――」
男が何か言っているがよく分からない。ただ、恐怖よりも先程まで失っていた両親を殺された事の怒りが一気に胸の内から湧き上がってくる。それは自分でも抑えきれない程に熱く煮えたぎって身体を焼き尽くす程に。
「ふ、ざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「!!」
腹の底から憤怒の籠った声を絞り出し少年は吠えた。次の瞬間、少年の耳元に女の艶やかな声が響いた。
『力がほしいか?』
「……欲しい」
『ほう、本当に良いのか?もう人間には戻れぬかもしれんぞ?』
「……それでもいい。こいつらを……俺は許さない!!」
『ふふ、面白い。ならば授けよう。我も久方ぶりに暴れたい気分だ』
周囲に風が強く吹いている。まるで台風の目のように少年の目の前に風が集まり目を開けられない程の突風が少年を襲った。
「ふふふ、400年ぶりくらいか。身体が鈍っておらぬかお主らで試させてもらうぞ」
少年が目を開けるとそこには深い赤色の着物を着崩した艶やかな女性が立っていた。
「何だか知らんが、このまま大人しくなるまで叩き潰すぞっ!」
「やめろっ!!」
突然現れた妖艶な少女に最初は訝しげに見ていた青鬼が見下したように鼻を鳴らし岩石のようにごつごつした腕を振り下ろした。
嫌な予感を察知した男は咄嗟に静止するがその前に女の頭部に刃が当たりその力が地面にまで到達し大きな粉塵が舞った。
「ハハハハハッ!木っ端微塵に吹き―――」
「―――なんじゃ?蚊でもおるのかのう?」
刀を持っていた右腕がいつの間にかなくなっている。青鬼は何が起きたのか分からず視線を上へ向けると自身の右腕が宙へ浮いているのを見つけた。
「は……?」
「何もしてこないのなら手早く片付けるぞ。ほぉら」
自身の身長の2倍もある長い刀を横に軽く払った。次の瞬間には青鬼の身体は腹部を中心に真っ二つに分かれていた。
「ギャアアアアアアアアアッ!!!!!!」
断末魔の叫びと共に青鬼の身体はあっと言う間に砂のような粒子になり目の前から消滅した。
「う、嘘やろ……こんなに強いとは聞いてへんで……」
初めて男は強気な態度を崩し動揺して顔を引きつらせた。少女の身体には禍々しい黒い煙が立ち込めていて意志を持って男を殺そうと窺っている。
「そんで、どないする?あんたも死にたい?」
「……こりゃあアカンわ。まだ死にたくないからここらへんでお暇するで」
男はズボンのポケットから閃光手榴弾を取り出すとピンを外し目の前に放り投げた。
「ほな、さいなら」
眩い光が周囲を照らした。光が収まった後目の前にいた男の姿はどこにもいなかった。
「あ、あの……」
「はぁ、久しぶりに動いたから疲れたのう。お主、たかが人間の為にここまで働いたのじゃ。当然代償は払ってもらうぞ」
「え、代償って―――」
「お主の血じゃ」
少女は少年の目の前に立つといきなり首元に牙を食い込ませた。
「うあっ!?」
「ふぅむ、中々美味いのう」
逃げようと身体を動かしても華奢な体からは想像できない力で両腕を掴まれているせいで全く身動きがとれない。少年はなす術もなく血を吸われ続けている。
「ぷはぁ、うむ、かなり気に入ったぞ。また気が向いたらお主の為に動こうではないか。それまで儂は寝る事にする」
少女の身体がいきなり姿を消した。少年は突然の出来事に困惑しながら周囲を見渡したがどこにも少女の姿が見つからない。
『安心せぇ、存在を消しただけじゃ』
「い、一体何なんだ……」
とにかく訳が分からない事が連続して起きている。理解が全く追い付かないが今は母親の言った男の元へ行くのが先だと思い直し血が流れている肩を抑えながら少年は走り出した。
妖怪退治は喫茶店の店長のお仕事です。 @zarusoba1234
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