没 ~人形のようになりたかったはなし~

@grrrrr


   ♰


 世にも稀な〝人形病〟という病が忽焉とこの国に顕れてから、早くも半世紀を閲した。未だにその病に残された謎は多く、正確な患者数すら把握できていないのが現状である。感染の方法も審らかにはされておらず、何時ぞやの天然痘や結核といった、俗に言う「不治の病」の驚異が、ここ現代に期せずして再びその恐懼を覗かせてしまったのである。

 然し、厳として揺ぎ無い事実――〝人形病〟という不幸な運命に犯されるという凄惨には、とある共通点があった。

 それは、「少女」であること。

 主に思春期の少女を含む、六歳から十七八歳ごろの少女のみが、この病に犯される。これだけは、ここ半世紀の人々の努力によって判然とした、唯一の事実だった。

 また、〝人形病〟を患った少女は、罹患後にその容貌を一変させた。それは例えるならば、魔法の力によって華やかにその身を一変させる魔法少女のようであり、まるで別人のように、その姿形の一挙手一投足、髪の色から瞳の色までもが変化した。それはこの病が〝人形病〟と呼称される所以の一つであり、皮肉ながらも本当にその姿は童話から飛び出してきたお姫様か、さてもは西洋の人形のようにしか見えなかったのだ。

しかし、〝人形病〟の少女は、罹患後早くて数日、遅くとも数年内に、必ずその身を人形のように、或いは眠り姫の如く硬直させて、物言わなくなることも分かっていた。それも残酷なことに、時を経るにつれて硬直はじわじわと――右手が動かなくなったと思ったら、左手が、足が、顔が、といったように――恰も石化するように進むのだった。その他にも、硬直の開始と同時に五感も鈍くなり、花の香りを楽しむことは愚か、食べ物を喰べても、音楽を流しても、映画を鑑賞させても、母の涙がその頬に落ちても、人形に近づいてゆく彼女たちは、何も感じなくなっていき、最期には動けず、話せず、見えず、聞こえず、涙を流すこともままならない姿で、それでも悲壮的に笑みを浮かべて、短いその人生を終えるのだった。

 ただし、そんな彼女たちにも救いはあった。〝人形病〟の悲劇を蒙り、安らかな眠りについた幼き少女達の遺体は、腐敗することなく、また同時に、棺に入れるのが惜しいくらい、床しく美しいままだったのである。これも皮肉なことだが、彼女達は死を迎えてもなお、人形であり続けたということであろうか。

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