黄泉の国
嘆き悲しんだナギは、どうしてもナミを取り戻したくて
大きな暗い御殿の前で二人は再会しました。
ナミの手を握りしめて、ナギは言いました。
「俺たちの国はまだ出来上がっていないじゃないか。どうか帰ってきてくれ」
ナミは言いました。
「もう遅いわ。わたしはこの国の食べ物を食べてしまったの。もう黄泉の人なのよ」
「そんなこと言わずに、頼むから帰ってきてくれよ。俺一人じゃ無理なんだよ」
ナギはしつこく食い下がりました。実を言えば、ヤマトの国の完成など、どうでも良かったのです。とにかくナミといつまでも一緒にいたかったのです。その気持ちはナミにも伝わりました。
「わかったわ。ここの神様に頼んでみる。でも戻ってくるまで、ここにいてよ。絶対に入ってきてはダメだからね。決してわたしを見ないでね」
ナミはナギの大きな暖かい手を振りほどいて、行ってしまいました。
ナミは暗い御殿の奧で泣きました。黄泉の国の神様たちももらい泣きをしました。
ほんとうはナミだってナギといつまでも一緒にいたかったのです。
でもナミがいなくなった今となっては、これまでに生まれた子どもたちや、ヤマトの国の面倒を見てやれるのはナギだけなのです。大事な仕事をうっちゃらかして黄泉の国になど来てはいけないのです。
「ナギはあたしのことなんか、忘れなくちゃダメなのよ」
ナミは黄泉の神々に相談しました。するとある神様が言いました。
「ナギ様はナミ様を心の底から慕っておられます。いっそ嫌われる程のことでもなければ、あの方のお気持ちは収まりますまい」
「わかったわ。それなら、あたし、嫌われてみせる!」
ナミは涙をぬぐって立ち上がりました。
ナミがいつまでも出てこないので、待ちきれなくなったナギは暗い御殿に入ってゆきました。すると。
「ナミ!」
そこには、身の毛のよだつ程に無残なナミの
崩れて腐った四肢からは、八柱もの雷神が生まれていました。
あまりの怖ろしさに、思わずナギは立ち竦みました。すると。
「見ぃたぁなあ~」
ナミの暗い
「うわあああああああああっ!」
ナギの悲鳴がこだますると同時に、黄泉の国の軍勢が一斉にナギに襲いかかりました。さっき誕生したばかりの雷神も上空からレーザー攻撃をしかけてきます。
そしてそれらを指揮しているのが、ゾンビ化したナミなのでした。
それが特殊メイクとも知らず、ナギは必死に逃げました。
「待ぁてぇ~」
ナギは国境にある急坂のふもとまで逃げてきました。
半ば這うようにして坂を駆けあがると、そこに生えていた桃の木から実を取って、黄泉の軍勢に投げつけました。すると「桃の実だあー」「恐いようー」「助けてー」とまるで棒読みの悲鳴を上げて黄泉の軍勢はあっけなく逃げてゆきました。
その隙に、ナギは何故かそこにあった大きな岩を転がして国境の坂道を塞ぎました。
「ナギ! そこにいるんでしょう?」
大岩の向こうからナミの声がしました。その声は少しだけ震えていました。
「ナミ! 今日限り、俺はお前と離婚する!」
ナギは息を切らして言いました。涙が後から後から流れて自慢のヒゲを塗らしました。
大岩の向こうでそれを聞くと、ナミは喉をそらして笑いました。
「いいですとも。このバカ亭主。それなら、わたしはナギの国の人間を一日に千人殺して黄泉の国に呼んでやるわ」
ナミはつとめて明るい声で叫びました。ナミの泣き顔は大岩に隠れて、ナギには見えませんでした。
「なんだと! そんな酷いことをするのか? なんて恐ろしい女なんだ!」
大岩の裏から、ナギは鼻声で叫びました。
「仕返しに、俺は一日に千五百人の赤ん坊を産ませよう! あの国は俺が守る!」
ナミはふっと頰笑みました。この誓いを守る為に、ナギは一生懸命に子どもたちの面倒をみてくれるでしょう。そして、わたしのことはいつか忘れるでしょう。
「御勝手になさい。さよなら、ナギ。アンタなんか
ナミは大岩にもたれて空を見上げました。
もう二度とあの優しい手に触れることはないのです。
「ああ。さよならだ。ナミ! ナミ! ナミ!」
ナギは大岩に額を押しつけて泣きました。この岩が無かったら俺はナミを抱きしめているだろう。
――これで満足なんだろう? 愛しい妻よ。何もかも君の思い通りにするからな。 この黄泉の国で安心して憩うがいい。いつか俺がここに来るまでどうか待っていておくれ。
<了>
ナギとナミ 来冬 邦子 @pippiteepa
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
俳句スイッチ・エピソード参/来冬 邦子
★34 エッセイ・ノンフィクション 完結済 17話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます