ナギとナミ

来冬 邦子

幼なじみの神様

 それは、とてもとても古い恋の物語です。


 青年は名をナギといい、乙女は名をナミといいました。

 二人はいわゆる神様でしたが、生まれたときからの幼馴染みで兄妹のような遠慮の無い間柄でした。だから、お互いに相手のことは好きだけれど、口に出すなんて恥ずかしくてムリ!


 まあ、こんな具合です。聞いてください。


 その当時、日本列島は影も形もなく、ドロドロのヌタヌタのポヨポヨ状態でした。

 それで年寄りの神様たちが「お前ら若いもんで頑張ってヤマトの国さ作ってこいや。ほんでついでに結婚しろ」と、えらいムチャ振りをされたのが、若いナギとナミだったのです。


「なんで、アンタみたいなモジャヒゲ大魔王と、わたしみたいな愛の妖精がペア組まなきゃいけないのよ!」(でも好き!)


 ナミは好きな男子には理由もなく突っかかる損な性格で、ぽっちゃりした容姿と愛くるしい眼差しの乙女でした。


「しかたないだろ。命令なんだから」(ナミは怒っていても可愛いなあ)


 一方のナギは自己表現が下手でサービス精神に乏しい、ありがちな青年でした。長身でがっちりした体躯で長いヒゲは当時の流行です。


「なによ、それ! あたしたちこれから結婚すんのよ? ――そんなこと言うなよ。俺はお前と夫婦になれて嬉しいよ、ぐらい言いなさいよ!」(言えないところも好き!)


「そんなに覚えきれない」(恥ずかしくて言えないよお)


「バカなの? アンタ、それでも神様?」(好きって言って!)


「うるさい女だなあ」(いつも元気で明るいなあ)


「なんですって、もういっぺん言ってみな! この熊太郎が!」(クマちゃん、可愛い!)


「熊太郎ってことはないだろう」(まいったなあ。ナミとは口喧嘩じゃ敵わないなあ)


「モズク太郎とどっちがいいか、言ってみな!」(困ってる横顔も可愛い!)




「ふぉっふぉっ、若いもんは元気だのう」


「ふひふひ、仲良さそうで良かったわい」


 そんな二人を無責任な優しさで見守る、大神たちのうっとうしい視線が気になりだした二人は、とうとう連れ立って下界へ出発しました。





 二人は天と地を繋ぐ虹の橋から、聖なるほこ<アメノヌボコ>の先を地上に降ろし、ドロドロのヌタヌタのポヨポヨをグルグルグルグル攪拌かくはんして、ぴんと角が立つまで辛抱強く泡立てました。

 そして引き上げたアメノヌボコからポトポト垂れて固まったのがガンダムにも出てくるオノゴロ島です。


 二人はここに御殿マイホームを建てると、あめ御柱みはしらというモニュメントを立てました。この柱を右と左から回って出会ったところで愛を誓うと幸せになれるというセレモニーが、この頃の結婚式なのでした。




 ナギが重々しく歩を進める一方、足の早いナミは忽ち柱を2/3周して、ナギに飛びつき「大好き!」と言って頬にキスしたのですが、ナギは顔を引きつらせました。


「俺が先に言いたかったのに」目を真っ赤にしてナギは唇を震わせました。


「なんでそこ、こだわる? 女が先に言うとダメなわけ? セクハラじゃん!」


 一気にまくしたてるナミは、ナギの涙目に気づきました。


「ずっと練習してきたのに……」


「――ごめん。もう一回やろ?」


 ナミが素直に謝ったので、初めからやり直すことになりました。


 ナミが右から、ナギが左から柱を回り、二人が出会ったのはちょうど柱を半周したところでした。今度はナギが先に言いました。


「毎朝、俺の味噌汁を作ってくれないか」


「……」(昭和かよ)


 吹き出しかけたナミは必死に笑いの発作を我慢しました。

そして呼吸を整えると、笑顔で「はい、喜んで」と応えました。


 男というものはこの頃から面倒臭い生き物でした。


 こうして二人はめでたく結婚し、日本列島の島々や山や森や川の神様をたくさん産みましたが、燃える火の神様を産んだときにナミは火傷で亡くなりました。

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