思い出せない

田土マア

思い出せない

 「あれ、ビビは…?」

 その一言から始まった悲劇。




 いつもなら自分のそばに来る姿が見えない。

「母さん、ビビ知らない?」

 同じ部屋にいた母さんに尋ねる。母さんはしばらく考えた顔をしたが、その後首を振った。その首を振った動作と共に自分の顔から表情が消えた。そして同時に哀しい気持ちがやってきた。

 姉にも聞いてみるが、姉も分からないと言う。昼寝をした自分を責めた。これでもかと言うほど睡眠欲に負けた自分を責めた。


 急いで布団を散らける。そこにビビの姿は無かった。少しホットした気持ちになったのも束の間、残っていた枕だけがどかせなかった。


 現実だけがそこに残っている気がした。


 心の準備が必要だった。そこには現実が残っている。全ての答え合わせが。


 息を飲んで枕をどかす。そこにあったのは静かに目を閉じた小さく小さくなったビビの姿だった。

 現実を知って自分を失ったように泣いた。母さんも姉もそれを悟ったようで、黙り込んでしまった。



 その後ビビは小さな箱にハンカチと一緒に収められた。大好きだったあわの種と麦茶と一緒に収められた。


 最期に交わした言葉は「あっちに行って」だった。そう言って寝てしまった自分を責めるしか出来なかった。


 泣いて泣いて疲れた後ビビの入った箱と一緒に隣に眠った。


 起きて目が腫れているのさえも知らない顔で昨日の出来事が本当にあったのかを確かめる。夢であって欲しいと心から願ったが、箱の中にビビは居た。


 その後庭にビビが埋められた。



 何年か経った今日もビビを思い出してグラスに麦茶を注ぐ、そして二本程線香を付け手を合わせる。


 亡くなったという事実だけを残して最愛の文鳥は土に埋められた。


 その日を思い出せないことを未だに後悔している。春先の出来事だったとしか思い出せない。夏草が庭に生えた今でもビビの居る庭の草だけは抜かれていないままになっている。

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思い出せない 田土マア @TadutiMaa

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