エピローグ
第16話 世界で一番素敵な人
放課後。廊下を歩いていると、前方から見知った人物が歩いてきた。
「あら、
「ええ」
「あの、色々とありがとうございました」
「うふふ。その様子だと上手くいったみたいね」
上品に
「相談に乗ってもらっただけじゃなくて、その、発破まで掛けて頂いたようで」
「いい子なんだけどね、決断力に欠けるというか、下手をすれば八方美人になり兼ねない性格よね」
先程から主語がないのは、周りに話を聞かれた時のためだ。日頃から丸山先生とまーくんの話をする時は、いつもこんな感じで
「少し心配です」
「しっかり捕まえておかないとダメよ。あんな優良物件、中々ないんだから」
丸山先生のいい回しに、思わず笑いが
「え? 何?」
「いえ、私の事をそう勧めてくれた友人がいたので、つい」
「そうね。お互い優良物件の、まさにお似合いの二人だわ」
「はい。ありがとうございます」
私があまりに強く肯定したためだろう。丸山先生が一瞬、目を丸くする。
「うふふ。ごちそうさま」
丸山先生と別れ、再び生徒会室に向かって歩き出す。
生徒会の仕事は、およそ一時間で終わった。
一緒に帰ろうと何人かから誘われたが、寄る所があるからとそれを断り、私は一人生徒会室を後にした。
学校から歩いて数分の場所に、そのお店はあった。
扉を開け、中に入る。相変わらず、お客さんは少ない。というか、いない。現在、店内にいるお客さんの数はゼロだ。
「いらっしゃいませ」
「こんにちは、
「あ、
微笑み
カウンターの隅に腰を降ろす。右か左、どちらか空いている方の隅に、私はよく座っていた。
「最後に来たのが三月だから……もう一ヶ月近く?」
「すみません。ちょっと、家の中に変化がありまして」
去年まで私は、学校帰りによくこのお店に立ち寄っていた。学校で疲れた気持ちをここで
「変化って、何があったの? あ、いつものでいい?」
「はい。それが……」
私はこの春から
私の話を聞きながら、百合さんはミルクティーを作り、私の前に出してくれる。
「おめでとう。こんな可愛い子を射止めるんだもの、よっぽど素敵な男性なのね、彼」
「あの、ここに呼んでもいいですか? 百合さんに会ってもらいたいんです」
百合さんは、私にとってお姉さんみたいな存在だ。だから、ずっとまーくんをいつかは紹介したいと思っていた。私がこの世で一番だと思っている彼を。
「もちろん」
百合さんから笑顔で了承を得た私は、自分の携帯からまーくんの携帯へと電話を掛けた。
「あ、まーくん? 今、何してた? へ? ゴロゴロ? もうダメだよ、そんなんじゃ。うん。そう。生徒会はもう終わって。それでね、もし暇だったら、ちょっと出てこない。うん。今、行き着けの喫茶店にいるんだけど、〝ルーブル〟っていう。え? 知ってる? しかも、結構、行ってる? うん。分かった。待ってる」
通話を終え、携帯をカウンターの端に置く。
「彼、来るって?」
「はい。で、この店の常連だって言うんですけど……」
しかも、結構の頻度で来ているらしい。
「常連? 待って。まーくん? もしかして、彼の名前って、
「え? 百合さん、知ってるんですか? まーくんの事」
「へー。あの子が姫紗良ちゃんの……」
百合さんが、意味あり気な視線を私に向けてくる。
「な、何ですか……?」
「べっつにー。姫紗良ちゃんは、ああいうのがタイプなんだって思って」
「ダメ、ですか?」
もちろん、私がまーくんの事を素敵だと思っていればそれでいいのだが、やはり人の――特に知り合いの評価も気になる。
「ダメじゃないよ。うん。姫紗良ちゃんにぴったりの素敵な男性だと、お姉さんも思います」
「百合さん……」
百合さんにそう言ってもらえると、
「そっか、そっか。雅秋君が姫紗良ちゃんの」
そして、私だけでなく、百合さんもなぜだかとても嬉しそうだった。
その後、まーくんが来て、三人で色々話した。
ここが私の行き着けの店である事、百合さんが私にとって姉のような存在である事。
ここがまーくんの行き着けの店である事、親衛隊に所属している女の子と何度かここで会っていた事。
二人が付き合い始めた経緯や今までの事、お互いの好きな部分、直して欲しい部分。
私達の話を、百合さんは時にからかい、時に
気が付くと、時刻は六時半を回っていた。
私達は百合さんにお礼と謝罪を告げると、慌てて店を後にした。
今日のお代は、百合さんのご好意に甘えてタダにしてもらった。これからは、もっと来るようにしよう。
店外に出て、二人並んで歩き始める。
考えてみたら、制服姿でまーくんと肩を並べるのは初めてかもしれない。といっても、まーくんはジーパンにポロシャツの私服姿だが。
「にしても、驚いたな。まさか、〝ルーブル〟がきー
「それを言うなら、私もだよ」
知らず知らずの内に、二人で同じ店を行き着けにしていたなんて。
「感性が似てるのかもね、俺達」
「だね」
好きな人と感性が似ている。それはきっと、とても素敵な事だ。
「まーくんと私はお似合いなんだって」
「何だよ、それ」
私の言葉に、まーくんが恥ずかしそうに苦笑する。
「だって、丸山先生と百合さんがそう言ったんだもん」
「なんで、丸山先生?」
「前々から色々な相談に乗ってもらってて」
「あ。そうなんだ」
「まーくんもでしょ?」
「……まぁね」
認めつつも、若干嫌そうだった。相談した内容が内容だからだろう。
「どこまで聞いたの?」
「別に。まーくんか私の事を相談した事と、発破掛けておいたって事ぐらい? なんか、私に聞かれちゃ
「そうじゃないけど……」
明らかに何かを隠している風だったが、これ以上は深く追求しないでおく。恋人だからといって、何から何まで知らなければいけないわけではない。
「まーくんは、丸山先生や百合さんみたいな大人の女性がタイプなのかしら」
「俺は、一見完璧そうだけど、実はそうじゃない、可愛らしい甘えん坊な女性がタイプかな」
嫌みに対し、完璧な返しをされ、私は何も言えなくなった。
こういう所は、本当にズルいと思う。また、こういう
「やっぱ、可愛いよ、きー姉は」
そう言って、まーくんが笑う。
「もう。からかって」
「ごめん、ごめん。でも、可愛いのは本当だから」
「……もう」
まーくんは、本当にズルい。
昨日、私の両親に二人が付き合い始めた事を報告した。といっても、まーくんがほとんど喋ってくれたので、私はただ椅子に座っていただけだったが。
お母さんは満面の笑みで、お父さんは複雑そうな顔で、私達の関係を認めてくれた。夏休みになったら、まーくんのご両親にも会いに行くつもりだ。もちろん、
「うふふ」
「何? どうしたの?」
「ううん。何でもない」
そう言うなり、私はまーくんの腕に自分の腕を
「ちょっと!」
まーくんの慌てた様子か可愛くて、いっそう強く抱き締める。
「いいじゃない、別に。付き合ってるんだし」
「だけど、誰かに見られたら」
「その時はその時って事で」
「きー姉」
うわぁ。このやけに落ち着いた声と顔は、まーくんが本気で怒っている時のものだ。
「ごめんなさい」
私は慌ててまーくんから体を離すと、全身で反省の意を表した。
「きー姉は何もしなくても目立つ上に、今は俺も目を付けられてる状況なんだから、あまり不用意な行動は取らないように」
「はーい……」
更に落ち込む私を見て、まーくんが
「家に帰ったら、いくらでも甘えていいからさ」
「まーくん!」
再び抱き着こうとした私の顔の前に、まーくんの手の平が現れ、それを拒む。
「待て」
「だから、犬じゃないって……」
何気ない
「きー姉」
「ん?」
「俺、
目を見開き、まーくんを見る。
感動、喜び、嬉しさ、愛おしさ、まーくんを大好きな気持ち……。様々な感情が私の中に去来する。
「あはは」
けど、そんな私の口から零れ出したのは、それらの感情とは程遠い、笑いだった。
「あの、俺、結構マジだったんだけど……」
思っていた反応と違ったのだろう。まーくんが
「ごめん、ごめん。違うの」
私は笑いに寄って生じた涙を拭き取りながら、弁解をする。
「まーくんが頑張るなら、私はもっと頑張らなきゃなって思って」
「え? どういう事?」
訳が分からないといった様子のまーくんに、私は笑顔で告げる。
「だって、私にとって、まーくんは世界で一番素敵な男性だもん」
私の隣で、私の大好きな人が、恥ずかしそうな、照れ臭そうな笑顔を私に向けた。
如月先輩 みゅう @nashiro
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