Ⅰ.花の大祭の一方で(5)

「君は、何を知っている?」


「知らないっ」


 叫ぶ彼女の視線は、ジェラルドを向いていない。視線の先に何があるのか。

 顔を向けると、野次馬の1人が「この先に魔女の家があるんだ」と教えてくれた。


「魔女の家?」


「ああ。こいつら姉妹は、魔女なんだ」


「私は、魔女じゃないっ」


 少女の叫び声が、辺りに響く。チェーザレは意に介さず、魔女の家に向かって歩きだした。


「まあ、なんでもいいさ。とりあえず、中を見せてもらおうか」


「やめてっ」


 少女がチェーザレを追うが、歩幅が違う。一足早く、彼は木戸を開けてしまった。2人の後を追ったジェラルドにも中の様子が見え、絶句する。

 薄暗い部屋は、物であふれ返っていた。天井からは枯れた草花の束がいくつも垂れ下がり、薬やら砂糖菓子やら家畜やら、とにかく色々な匂いが混ざり合っている。その中には、血の匂いも含まれていた。

 部屋の真ん中で、女性が倒れていた。彼女の服は、血の色に染まっている。中に入ったチェーザレが脈を計るが、すぐに女性の腕を下ろした。


「この人、お姉さん?」


 チェーザレの問いに、少女は頷いた。ジェラルドは、眉を寄せる。


「殺しておいてなお、妹を追った。ということは、彼等の目当ては、この包みか」


「だろうな。てことで、それ渡してもらおうか? 証拠品ってことになるからな」


 部屋の中にはチェーザレ、出入り口にはジェラルドがいて、少女に逃げ場は無い。それでも彼女は、はっきりと「嫌だ」と言って断った。


「こいつは、姉ちゃんが『金になる』って言ったんだ。絶対に渡すもんか」


「と、言われてもな。警備隊が来れば、有無を言わさず取り上げられるんだが」


 後頭部を掻きながら長く息を吐くチェーザレを、少女は睨みつけている。頑なに見える彼女のことだ。警備隊が来ても一悶着ありそうだ、とジェラルドは考えた。


「では、私が買い上げる、というのは?」


 チェーザレと少女が、同時にジェラルドの顔を見る。驚く彼等に、ジェラルドは首を傾げた。


「金になることが大事で、特に大切だとか、お姉さんの形見というわけでもないのだろう? 円満に解決するかと思ったのだが」


「いくらでっ?」


 少女は、ジェラルドの提案に対して、前のめり気味に問うた。本当に、金になることしか頭にないらしい。


「そうだな。相場が分からないが、とりあえず今の手持ちは、これくらいしか」


 ジェラルドは懐を探ると、金貨1枚と銀貨2枚を取り出した。ぱっと、少女の顔が輝く。


「売ったっ」


 少女はジェラルドの手から貨幣を奪うと、持っていた布袋を彼に押し付けた。何が入っているかは知らないが、意外と重い。

 少女はといえば、金貨と銀貨を両の手に持ち、交互に見てはニヤニヤと笑っている。


「堅物かと思ったけど話が分かるね、お兄さん。私、魔女じゃないけど、何かあったら運勢くらいは見てやっても良いよ」


「ああ、頼む」


 そう言ったものの、きっと占いを頼みに来ることはないな、とジェラルドは思った。人生の中で最悪だと思える時は、既に経験している。


「では、私達はこれで失礼する。警備隊が来たら、素直に応じるように。証拠品は、近衛の長が持っていったとでも伝えてほしい。行くぞ、チェーザレ」


「このえって……近衛っ!?」


 少女の驚く声を背後に聞きながら、チェーザレと2人、馬車へと戻っていく。野次馬の内の何人かは、まだ倒れた男達の周囲にいた。警備隊が来るまで見張っておいてくれるようだ。1本先の通りに進むと、警備隊とすれ違った。

 今は気丈に振る舞っている少女も、警備隊とのやり取りを終えて落ち着けば、大泣きするのだろう。それさえ、ジェラルドは既に経験済みだった。


「良かったのか、ジェラルド? 買い取って」


 大泣きした時にすがらせてくれた男に問われて、意識が今へと戻る。


「その方が、話が早そうだったからな。それより、頼んだ」


 言うが早いか、布包みを幼馴染に押し付ける。


「警備隊と君と。調査を、どちらが担うのかは分からないが」


「うーん。通常であれば警備隊だが、グラート様は俺に調べろって言われるだろうな。まあ、何が入っているかは知らないが、おもしろそうではある」


 チェーザレは布包みを見下ろすと、ニヤリと笑った。

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