Ⅰ.花の大祭の一方で(4)

 馬車は既に、東の街道を走っている。この辺りで襲われたのか、と考えが過ぎり、頭を振った。

 そんなジェラルドの隣りに、小物を移し終えたチェーザレが、どっかりと腰を落とす。


「まだ辛いな」


「そう、だな」


 左肩にぬくもりを感じながら、ジェラルドは再び目で景色を追い始めた。

 別荘地の割に、道は綺麗とは言えない。城から離れれば離れるほど、より顕著となる。警備隊の目が行き届かないため、盗賊が現れる頻度も高かった。彼等は貴族の他、商人も襲ったため、東にある州や国との交易も途絶えた。特に、盗賊の根城となっていた東北の峠は、人が寄りつけるような場所ではなくなっているようだった。


「交易を再開させるとなると、峠道や街道の整備は急務だな」


「だが、警備面を強化しなければ、第2、第3の盗賊が現れるかもしれない」


「警備隊の拠点を設けるか。元々、他にもいくつか拠点が必要だとは考えていた。事が起こった時の対応速度を上げたい。巡回だけでは不十分だ」


「しかし、拠点をいくつか設けるには、警備隊の増員が不可欠だぞ? 雛を育てるにも、時間が掛かる」


「街道の整備と同時進行で進めていかなければならないか」


 ジェラルドはチェーザレと話しながら、城に帰ってから行うべきことを頭の中で整理していく。


「このまま、馬車を南に走らせても良いか?」


「ああ、頼む」


 チェーザレの指示で馬車は街道からはずれ、走る方角を変えていく。そのまま馬車が止まるまで、2人は東の街道について話し合いを続けた。

 下町に入ってからは、歩きなが話し合う。下町で、乗用の馬車を使う者は稀だからだ。


「情報を集めるなら、飯屋に行った方が良いだろうな」


 チェーザレの言葉に、ジェラルドは懐中時計を取り出して確認する。城を出てから1時間弱経過しているが、昼にはまだ早すぎる時間だ。


「はたして、人が集まっているだろうか?」


 ジェラルドが首を傾げたところで、女性の悲鳴が上がった。何事かと、チェーザレと顔を見合わせる。野次馬に行くのだろう。周囲にいた人間が、走りだしていた。


「俺達も、見に行ってみるか? 何があっても、守ってやるぞ?」


 チェーザレが、自身の腰を軽く叩いた。いつも下げている剣の代わりに、短剣を隠し持っていることは事前に聞かされている。


「行く」


 短く答えると、チェーザレが八重歯を見せて笑った。


「そうこなくっちゃな。行くぞ」


 2人で、野次馬の後を追った。子供の頃から、何か騒ぎを聞きつけると、同じように野次馬をして首を突っ込んできた。主に、チェーザレが、だ。

 今回も見に行くだけのつもりが、いつの間にか少女と男3人との間に割って入っている。


「なんだ、おまえは?」


 割って入られた側は毎回、同じような言葉を吐く。

 慣れ切っているチェーザレは、鼻で笑って、肩をすくめた。


「名乗って、どうなるっていうんだ? もうすぐ警備隊に引き渡される運命の輩なんぞに」


 煽って相手を怒らせるのも、いつのものことだ。ジェラルドは呆れながら、少女を背中でかばってやった。

 チェーザレは3本の剣の間を舞うようにして潜り抜けながら、1人の剣を取り上げ、1人の剣を地へ落とし、奪った剣の柄を使って1人の意識を沈めた。


「手ごたえが無さすぎるぞ」


 口を尖らせるチェーザレから、意識のある2人が逃げ出そうとする。


「おっと。逃がすかよ」


 チェーザレは中指ほどの長さがある針を、1人のふくらはぎに向かって投げた。針が刺さった男は地面に転がり、痛がりながらも針を抜こうと躍起になっている。もう1人は、ジェラルドがさり気なく足を引っかけて転がしてやった。


「はいはい。おとなしくしような」


 チェーザレが手刀を2人の男の首の後ろに入れると、彼等はすぐに意識を失った。歓声を上げる野次馬達に、彼は手を振って応える。


「誰か、縄を持ってきて縛っておいてくれ。ついでに、警備隊を呼びに行ってくれると助かる」


「分かった」


 男性の声と共に、3人の足音が遠ざかっていく。


「ジェラルド。大丈夫か?」


 近づいてくるチェーザレは、息の一つも上がっていない。件の護衛対象より先にジェラルドの安否を問うのも、いつものことだ。ありがたいと思うのと同時に、ため息も出た。


「私よりも、彼女の心配をしてくれ。君、大丈夫か? 怪我は?」


「怪我は無い」


 短く答えた少女は、勝気そうな顔をしていた。化粧はしておらず、そばかすが目立っている。年の頃は、ジャンルカと同年か、二つ三つ上だろうか。眉も目も吊り上がっていて、答えた後すぐに閉じられた口は硬く結ばれている。

 ただ、薄汚れた布包みを抱える細い両手は小刻みに震えていて、彼女の本心をよく表していた。


「彼等の顔に、見覚えは?」


「私は無い」


 『私は』という部分に引っ掛かりを覚え、ジェラルドは心の内で首を傾げる。誰かは知っているかもしれない、と言外に告げているようなものだ。

 男達をよく見ると、最初に倒れた男の下敷きになっている剣が、血に塗れている。少女は、怪我をしていないと言っている。ジェラルドとチェーザレも、同様だ。


「これは、誰の血だ?」


 ジェラルドが呟いた途端に、少女の手の震えが大きくなった。

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