Ⅰ.花の大祭の一方で(2)

 隣国・フルリールの国王夫妻を前にしたジャンルカ一行は、それぞれに緊張していた。していないのは、外交慣れしているアントーニくらいのものだ。それなりに経験を積んでいるはずのエルネストでさえ、久々の外交ということもあって、わずかにではあるが肩に力が入っている。

 中でも2人の副官は動きがぎこちなく、緊張が圧となって周囲の人間にも伝わるほどだった。ロレンツォにいたっては、入城してから謁見の間にたどり着くまでの間、ずっとぎこちない歩き方のままで、つまづいた回数も片手の指の数を越えている。


「我が国の祭りに、よくいらしてくださった。さあ、顔を上げられよ」


 ジャンルカが顔を上げると、夫妻は柔らかくほほ笑んでいた。正妃はジャンルカの叔母にあたる人で、目元が叔父のジルベルトに似ている。特にジャンルカが幼い頃は、何かと連絡をくれたので、実際の距離に反して身近に感じたものだった。


「こちらこそ。お招きいただき、光栄に存じます」


 ジャンルカがそう返すと、夫妻は満足げに頷いた。


「そちらのお若いお2人は、お会いするのが初めてですね。どうぞ祭りを、この国を、楽しんでいってくださいね」


 正妃に声を掛けられて、2人の副官は揃って背筋を伸ばした。


「はい。ありがとうございます」


「は、花まつりを、わ、わたしも楽しみにしておりました。本日は、お天気も良く」


「今日は雨だぞ。ロレンツォ」


 ジャンルカは、つい、いつもの調子で口を挟んでしまう。途端に、エルネストから横目で見られ、ジャンルカとロレンツォは揃って肩を跳ね上げた。


「そうなのです。この時期にしては珍しく、もう3日も雨が続いているのですよ。他のお客様がお見えになる頃には、止むと良いのですが」


 正妃が頬に手を添えて、ため息を吐く。対して国王は、ずっと笑みを浮かべていた。


「雨露に濡れる花も悪くはなかろう。それよりも、せっかく他国より3日も早く来ていただいたのだ。親睦を深めようではないか。ジャンルカよ。少しは強くなったか?」


 国王が、駒を動かす仕草をする。


「以前よりは。我が宰相より、教えを請うておりますので」


「あれは、本当に強いからな。私も、あれには、なかなか勝てん。また勝負したいものだが」


「本人はおりませんが、彼の師ならおりますよ」


 ジャンルカが、エルネストを示す。彼がジェラルドに教えたことは、仕事や所作ばかりではなかった。


「そういえば、おまえも強かったな」


「弟子ほどではありませんが」


「いいや。久々に、おまえと打つのも良かろう。2人共、私の部屋に付いてまいれ」


「まったく。盤遊戯で遊びたいがために、他国より早くお呼びしたようなものですね」


 正妃が、再びため息を吐いた。


「まあ、よろしいでしょう。その間、アントーニ様は、私のお話相手になってくださいませ。子供達にも、各地の話を聞かせてやってください。お若いお2人も、ご一緒にどうぞ。少しは、社交の場にも慣れるでしょうから」


「は、はいっ」


「よ、よろしくお願いいたします」


 まだ緊張から抜け出せない2人に、正妃もアントーニも苦笑いを浮かべていた。

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