第35話 勝利≠終戦

 「何故だ何故だ何故なのだぁ!」


 あたり構わず重力の鉄槌を次々と落としてゆくアラム。

 だが、そのどれもが迫り来る『正義』を潰すことが出来ない。


 戦況は最悪だった。

 脅しの効果も虚しく兵は負け続け、損耗率は既にデッドラインの三割近くに達している。

 一発逆転の策を賭けた奇襲部隊とは連絡が取れなくなり、挙げ句の果てには目と鼻の先にいた21番を見失ってしまった。

 そして王国軍の手はアラムの目と鼻の先にまで迫っていた。


 逆転の目はもうどこにも残されていない。

 チェスで言うところの詰みチェックメイトだった。


 「《太陽の咆哮ソーラー・レイ》!」


 そこへ太陽光を収束させた死の光線が放たれる。

 実態を伴わない光は押し潰すことは《重力圧グラビティ・プレッシャー》程度の重力では不可能。

 アラムは即座に回避を選択するもの掠めた光線が髪を焼き、独特の臭いを漂わせる。


 直撃すれば死んでいた。

 そのことをまざまざ感じさせられたが、状況は待ってくれない。

 畳み掛けるように天秤の女神がアラムへ一直線に向かってきた。


 「このっ……」


 咄嗟に『聖痕スティグマ』を発動、女神を地に叩きつけるも消滅には至らない。

 その刹那、《正義の女神ユースティティア》と入れ替わるように現れたアストレアが間隙を突き、肉薄してくる。


 「くっ……!潰れ……」


 再度、《重力圧グラビティ・プレッシャー》振り下ろそうとするも間に合わない。


 「降参しなさい。そうすれば命は取らないわ」


 首筋に剣先を突きつけられる形で促される降伏勧告。アラムにはイエス以外の選択肢はなかった。


 「ああ……分かった。降参する」


 しかし、アラムは諦めていなかった。

 心の奥で「馬鹿め」とほくそ笑むと『聖痕スティグマ』を発動させるため、魔力放出を開始する。

 その時だった。


 「…………あ?」


 目玉の裏に違和感を覚えた。

 何故かムズムズする。

 それは例えるなら散々泣き腫らした後に感じる熱のようで――、


 「……ぐあああああああああああああああ!!」


 アラムは絶叫した。

 目が熱い。まるで眼球の水分が蒸発しているみたいだった。

 水が欲しい水が欲しい水が欲しい水が欲しい水が欲しい――、


 「わたしの前で嘘をつくことは許されない」


 そこへ浴びせられたのは水よりも冷たいアストレアの声だった。


 「神罰ユースティティア・執行エクスキューション。偽りを口にした者の目玉を焼く能力よ」


 そう語るアストレアの背後には《正義の女神ユースティティア》。その左手に持たれた天秤は何も乗せていないにも関わらず片方が傾いていた。


 説明を聞いたアラムが痛みを堪えながら瞼を開ける。アストレアの言葉がハッタリだと信じたくて。

 だが、開いたはずの瞳は何も映さずただ、そこには黒よりも深い射干玉の闇が広がっていた。


 「〜〜〜〜ッ!」


 「降参の意思が見受けられないなら仕方ないわね」


 それがアラムの聞いた最期の言葉だった。

 斬撃一閃。

 アラムの首が宙を舞った。


 「アストレア様!」


 名前を呼ばれたのはその直後だった。


 「シンくん!」


 駆け寄ってくる愛しい少年は送り出し時とは違い、ローブで顔を隠した誰かの手を引っ張り帰ってきた。

 顔も性別すらも分からないがそれが誰なのかアストレアは左即座に察し、嬉しくなった。


 「やったのね」


 「はい、おれは試練を乗り越えました」


 短いが、確かな感情の乗った労いの言葉にシンは達成感に満ちた笑みで答えた。

 それに頷くとアストレアはクラレントを空へ衝き、高々と勝鬨を上げる。


 「敵大将アラム・クリーク!ザンザス王国第二王女アストレア・ゲンチアナ・オブ・ザンザスが討ち取ったり!この戦争わたしたちの勝ちよ!」


 よく通るアストレアの声が戦場全体に響き渡ると歓声がドッと溢れ出した。

 思い思いに己の得物を天に掲げ、兵士たちが口々に勝鬨を上げる。

 その光景を見渡してアストレアも満足げに頷いた。


 ◇


 王国と共和国の戦争は王国の勝利で幕を閉じた。

 それもただの勝利ではない。大勝利だった。

 大きな打撃を受けた共和国軍に対して王国軍の損害は極めて軽微。無論死傷者がゼロというわけではないが、ないも同然だった。

 この結果を受け、王国軍は共和国首都ヴァシーリーを目指し進軍することを決定。現在共和国領内へ侵攻中である。


 「つまりそれってヴァシーリーを攻め落として共和国を併呑するってことですか?」


 以上の状況から再度の戦闘を行う覚悟を固めるシンだったが、アストレアは首を横に振った。


 「そんなことをすれば東側がどう出てくるかも分からないからそこまでするつもりはないわ。あくまで総統府から降伏を引き出させるのが目的よ」


 そのためにヴァシーリーを囲んで脅しをかける、というわけだ。

 共和国首脳は腐敗しているというが、流石に自分の命がかかってる中で間違った選択はしないだろう。


 「そんなこと仮にも共和国人の前で話して大丈夫なの?」


 そんな二人の会話に割り込んできたのは千変万化メタモルフォシス

 現在、シン、アストレア、千変万化メタモルフォシスの三人は同じ馬車の中におり、ヴァシーリーを到着を待っているという状態だ。

 余談だが、カストルも護衛のためと馬車に乗りたがっていたが、三人きりで話したいことがあるというアストレアによって却下された。


 「さっきまでの会話で貴女がそんな人じゃないことは分かってるわ。気にしなくて結構よ」


 さっきまでの会話とは千変万化メタモルフォシスの処遇についての話だ。

 千変万化メタモルフォシスは公には死んだと公表し、彼女は名前を変えて王国陸軍に入隊、【星乙女騎士団】にてアストレアの下働くことになった。

 しかし、千変万化メタモルフォシスが存命だと知られると色々面倒になるため、一般団員のように戦線で兵として戦うのではなく、諜報活動などの裏方を務めることになる。


 監視も付き、不自由な生活を送ることになるがこの要求を千変万化メタモルフォシスは二つ返事で了承した――シンの身柄の安全とともに。


 「――あなた、人が良すぎじゃない?それがあなたの美徳なんだろうけど、いつか痛い目に遭いそうで心配」


 「だったら貴女がそばで助けてくれたら嬉しいわ。わたし頼りになる仲間を募集してるから」


 その返答に千変万化メタモルフォシスは楽しげに笑った。つられるようにアストレアも笑った。

 どうやら二人の相性は良かったらしい。

 もしかしたら上手くいかないかもしれないと悲観的に考えていただけにシンの安堵と嬉しさは大きかった。


 「ええ、私があなたの力になってあげる。シンくんに何かあったら承知しないんだから」


 「ならまずは貴女の名前から聞かせてもらうずっと通り名で呼んでるんじゃ敵のままみたいで嫌だし」


 「いいわよ。私の名前は――」


 「アストレア様!アストレア様!」


 千変万化メタモルフォシスの言葉を遮るように馬車のドアが強く叩かれ、カストルの動転した声がかけられる。


 「どうかしたの?」


 それを許可の言葉と受け取ったカストルが扉を開ける。

 その額には汗を浮かべており、表情も険しい。


 「先程先行隊からの知らせが入ってきたのですが……ヴァシーリーが火に包まれていると――」


 「何ですって!?」


 突如として舞い込んできた衝撃の報告。それに驚きを隠さないアストレア。


 「一体何が……」


 それに驚いたのはシンも同じだった。

 そして同時に直感した。

 戦争はまだ終わってないと。

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