第34話 さようなら
共和国軍が第一の試練であることはすぐ分かった。
だから開幕の一撃で一万人を殺し、その後も攻撃を続けた。
しかし、これだけしてもあの子と再会することは出来なかった。
これはつまりまだ試練があるということだとシンは判断し、次の行動へ移った。
戦場にいないとすればあの子はどこにいるか。
最も考えられるのは奇襲部隊の一員として随行しているという可能性だ。
奇襲部隊の役割は敵の頭を叩き、戦況を一気に変えること。
そのためには作戦実行の直前まで敵に気付かれないような場所で待機しておかなくてはならない。付け加えると戦場全体を俯瞰出来るような高所だと尚良い。
これらの条件とかつて所属していた経験から照らし合わせて部隊の動きを予測、
(まさかこうもあっさり見つかるなんて)
彼女を目の前にしたシンは内心驚いていた。
確かに条件はある程度絞り込めていたが、それでもシンが向かわなければならない候補先は多い。
その中からたまたま最初に向かった場所に
恐らくこれも《
そして、同時に察する。これが第二の試練であるということを。
「なっ……貴様何故ここに……」
いきなり現れたシンにかつての上官は面白いように動揺した。しかし、すぐに落ち着くと下卑た笑みを浮かべてくる。
「いや、今は気にすることではないか。感謝するぞ、そちらからのこのこ捕まえられに来てくれるとはな」
そう顎をしゃくり囲めと指示を出す。
隊員たちも肩透かしとだったとばかりに警戒感を解くとニヤニヤと笑いながらシンを囲み始める。
彼らにとってシンは虐げる対象以外の何者でもない。例え雰囲気が変わっていようと、手にしている武器が立派だろうと評価を上昇させる理由にはならなかった。
「逃げてシンくん!」
「大丈夫だよ。君を助けるまで死ぬつもりはないからさ」
形勢不利と判断した
「ハッ!そんな大層な剣構えたってお前如きに振りまわせるわけが――」
その言葉は最後まで続かなかった。
シンを嘲弄しようとした隊員の頭が胴体と切り離されたからだ。
首を失った体は血の噴水を撒き散らしながら糸を切られた操り人形のようにバタリと倒れる。
同時に飛ばされた頭が地面に落下し、その様子を呆然と見ていた別の隊員と目が合った。
表情は驚きで固定され、その目は既にこの世を見ていない。だが、唇が微かに動き、声にならない声で言の葉を紡ぐ。
『た す け て』
――と。
「ひいいいいいいいっ!!」
目の合った隊員が恐怖の絶叫とともに尻餅を付く。
それが蹂躙の合図となった。
流れるような動きで次の獲物に斬りかかるシン。
狙われた隊員はどうすることも出来ず、斬殺された。
そこでようやく状況を把握した奇襲部隊一同が
戦おうとする者は笑う膝を叱咤し武器を構え、逃げようとする者は背を向け、一目散に走り去ろうとする。
だが、両者の末路は等しく同じであった。
いや、厳密には少し違う。
逃げようとする者が先に殺された。
まず足を切られ、動けなくされた後、急所を一思いにやられた。そう考えると逃げようとした者のほうがまだマシなのかもしれない。
戦おうとした者は抵抗したため、一撃では死に切れず半殺しのまましばしの間晒された。
やがて勝機がないと分かると「助けてくれ!」、「悪かった!」、「許してくれ!」などと命乞いをし始めたが、シンは躊躇うことなく、剣を振り下ろした。
生真面目な軍人が見たら「相手が無抵抗の場合は戦争法に則って捕虜とすべきだ」と言いそうだが、生憎彼女以外のこの場にいる人間を生きて帰すつもりはない。死人に口なしだった。
そして、隊員全員を殺し終えたシンはあることに気が付いた。
「――いない」
奇襲部隊のリーダーである隊長の姿がどこにも見当たらなかったのだ。
逃げたのかと思ったが、アストレアの言葉を信じるなら共和国はシンを一刻も早く捕縛する必要がある以上それは考えにくい。
味方を呼ぶために一時退却したいう線もあるが、手柄が欲しいならそれはしないだろう。
恐らくあの隊長にもう後はない。
それ故、シンは構えを解かず周囲を警戒していたのだが――、
「!!」
殺気を感じ、咄嗟にガードを取った刹那、不可視の一撃がシンを襲った。
「よく防いだな。だが、次はどうだ!」
どこからか聞こえてきた隊長の声。
しかし、姿は見当たらない。
同時に仕掛けられる新たな一撃。そしてもう一撃。
絶え間なく繰り出される攻撃に防戦一方になりながらもその正体をシンは看破していた。
「隊長の『
隊長の『
直接の戦闘能力は皆無なものの姿を隠し、一方的に攻撃出来るのは強力で彼が奇襲部隊の隊長に抜擢された大きな理由だった。
「安心しろ。上からお前を連れ帰るよう言われてるからな。殺しはしないさ。だが、二度と逆らえないようにここで思い知らせてやる!」
更に激しくなる攻撃。今までは殺気を感じ取ることでなんとか対処してきたが、姿が見えないのでは相手の動作を読んで予測することすらも出来ない。
「――っ」
「シンくん!」
攻撃が頰を掠め、一閃の血を滲ませる。
怪我の内にも入らない切り傷。
だが、追撃の手は緩まらず、次々と新しい傷が増えてゆく。
シンは急所のガードを固め、じっとしていることしか出来なくなっていた。
その光景に
シンのあんな姿もう見たくなかった。
彼が一方的に痛ぶられる姿など。
胸が痛む、目が眩む、体が震える、息が早くなる、心が軋む――、
「もうやめて!!」
気がつくとそう叫んでいた。
それでもシンを襲う追撃の手を止まることを知らず、傷が増えて――、
「あ……れ……?」
ここで
もう随分攻撃を受けているにも関わらず、シンが弱っていないのだ。
確かに一撃一撃は大したことはないが、あれだけの手数を浴びせられればそれなりのダメージが蓄積してくるはず――、
「……はぁ……はぁ……なんで……」
隊長もそれに気が付いたのか、攻撃を中断して姿を見せる。
絶え間なく攻撃を繰り返していたからかその額にはべっとりと汗が滲んでおり、息の間隔は狭く浅い。
一方のシンは傷こそ負っているものその程度は明らかに軽く、受けた攻撃の数と比例していない。
「なっ――――!」
隊長が目を見開く。
シンの傷がまるで時間が巻き戻ったように治っていったからだ。
「何だ貴様それは!!どんな小細工を使った!?」
喚き散らす隊長にシンは何と言おうか悩んでるような素振りを見せた後――、
「それって今から死ぬ人に言う意味ってありますか?」
キョトンと首を傾げて答えた。
そこに見下すような気はなく、ただ疑問の感情があった。
しかし、隊長はそれを挑発されたと感じたようで青筋を立て怒りを露わにする。
「舐めるなよ奴隷風情が……死ぬのはお前だ!!」
最早本来の目的すら忘れてしまった隊長が疾走とともに再度姿を消す。
それに対してシンは地面を蹴り、砂埃を立てた。そして続け様に砂を掬うと周囲に撒き散らす。
「クソッ!目眩しか!だが、こんなことをしたところで――」
意味がない。そう言いかけた隊長だったが、次の瞬間には言葉を失っていた。
砂埃の中、朧げではあるが自分の姿が現れていることに気がついたからだ。
例え透明化したとしても実体そのものが消えるわけではない。そこに確かに存在するのだ。
そしてそれは粒子状のモノが空気中に漂っている時、露わになる。
こうなっては不可視化などあってないも同然。
シンは真っ直ぐ隊長へ疾駆する。
「まっ……」
「待ってくれ」という制止の言葉をかけるため腕を突き出した隊長だが、言い終わるより先にその腕は消失していた。上腕二頭筋から先がなくなり、代わりに血が噴き出している。
「ぐっ――――!」
その痛みに悲鳴が漏れ出すが、その暇すら与えられず続け様に斬撃が襲いかかる。
胴体目掛け真一文字に振るわれようとする一撃。まともに喰らえば胴体が真っ二つに分かれるだろう。
目先に突きつけられた死から逃れるため、隊長は痛みを押し堪え、懸命に後方へ跳んだ。
結果として体が断たれることはなかった。だが、掠めた一閃は複数の内臓を傷付けながら腹部を深々と切り裂いた。
「ぐあああああああああああああああああっ!!」
あらん限りの絶叫を腹から上げながら倒れ、腹を押さえてジタバタともがき苦しむ隊長。
このまま放っておいても死ぬのは間違いない。そう判断するとシンは隊長から背を向け、
「シンくん……」
「一緒に王国へ来てほしい。アス――王女様には許しを得ているから大丈夫だよ。だから――」
再び――先程と違いすぐそこで手を差し出してくるシン。その手は前見た時よりも皮が厚くなっており、
その事実に涙が溢れそうになる。
だが――、
「ダメよ……行けない……」
そうしてはシンに迷惑がかかるからだ。
王国がシンの『
シンの言う「王女様」もどれほど信用出来るかも分からないのだ。
しかし、そんな彼女にシンは微笑みかけると、
「大丈夫だよ。おれを信じて」
そう三度手を伸ばした。
それだけで
こんな風にシンが笑えるようになったことが嬉しくて嬉しくて嬉しかった。
そして信じてみようと思えた。シンとシンをこうやって笑わせてくれた「王女様」を。
「――――うん!」
「ま……待て……!」
だが、痛みに喘ぐ声色でそれに待ったをかける人物が一人。隊長である。
「私と一緒に来るんだ!そうすれば今以上の立場を与えると約束する……さあ!」
第三者が見れば開いた方がふさがらないほど掌を返し、シンを勧誘しようとする隊長。
その態度に
「じゃあ、行こうか」
「待てっ!無視をするな!今まで誰がお前の面倒を見てやったと思っている!?誰のおかげでお前が――」
勧誘が要領を得ない罵倒に変わるとシンが隊員の死体からナイフを拝借し、それを正面を向いたまま投擲した。
投げられたナイフは亜音速で空気を切り裂きながら隊長の真横を通過、ナイフではあり得ない轟音を立てながらすぐそばの地面を抉った。
直撃すれば確実に死んでいたであろう一発に冷や汗をかきながら振り返ると、そこにはその衝撃を物語るようにクレーターが形成されていた。
そして、ここでようやくシンが振り返ると一言だけ告げた。
「さようなら」
再度、シンが
それがシンが隊長に始めて口にした最初で最後の拒絶の言葉だった。
「待ってくれええ!私はお前を連れ戻さないと行けないんだ!お前を連れ戻さないと私が殺されてしまうっ!だから戻ってきてくれええ!私を助けてくれええええええええ!!頼む!!何でもするからああああああああああああ!!!」
傷が痛むのも顧みず、親の言うことを聞かない駄々っ子のように滂沱の涙と滝のような鼻水を垂れ流しながら泣き叫ぶ隊長。
しかし、その懇願にシンが振り返ることはなかった。
一人の残された哀れな者の慟哭は二人の姿が見えなくなっても尚鳴り響き、それはくるぶしまで浸かるほどの血の池ができた頃にようやく収まった。
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