第29話 彼方へ至る旅路と試練
アストレアのアーカディア訪問後、王国は十分な食料を獲得。
即座に共和国に向かって進軍を開始――とはならなかった。
様々な準備が必要だったというのもあるが、その他にも二つ問題の対処に追われた結果、予定より少々遅れる形での出陣となった。
「大丈夫ですかシン君、連日の能力の行使で疲れてはいませんか?」
「はい、十分休ませて頂きましたから」
ここ最近までシンは王都を中心に突如として続出した急患の対応に奔走していた。
これがただの病気ならわざわざシンが出向く必要はない。
しかし、問題はその症状がベレロフォンが罹患していたものと同様だったことにあった。
よってシンが王都中を連日、駆け回ることになった。
その甲斐もあってか蔓延は未然に防がれ、こうして何の憂いも残すことなく戦争に出向くことが出来た。
これが解決した問題の一つである。
「ところでだが」
そこへカストルが口を挟んでくる。
「何故、貴様もここにいる?」
そう不満げに言うカストルの目線の先には軍服を纏い、フォルトゥナの馬に跨ったシンがいた。
周囲の【星乙女騎士団】の者も部外者が隊列に加わっていることに気づいており、皆一様に怪訝な反応を見せている。
中にはシンが前日交戦した少年と同一人物だと気づいているものもおり、かなり警戒されていた。
「小癪ではあるが、今やお前は王国の重要人物。そんな奴が戦場に出てきて死んだらどうする?」
「しょうがないでしょう。シン君にもこの戦いに参加する理由があるということを忘れましたか?」
そう指摘され、カストルは思い出した。
シンが
「それに、そうならないようにちゃんと対策はしてきたんですから。ねえ?アストレア様」
「――そうね」
返答するとともにアストレアはシンが背中に担いでいる大剣に目を向けた。
◇
結論から言うとアストレアはシンが戦争へ参加することに反対していた。
更に言うと何故か共和国はシンの生存を認知しているようで、今更シンの身柄を返還するよう要求してきた。これがもう一つの問題だ。
そんな事情がある以上、尚更一緒に連れていけるはずもない。
故にアストレアはシンを本陣で待機させておこうとしたのだが――、
「待ってるだけなんて出来ません!それに……おれは貴女の力になると約束しました。どうか、ついていくのをお許しください!」
と言って聞かなかった。
結果、アストレアが折れる形でシンの同行が許された。
許可したのはシンに同情があったというのもあったが、アストレアはそれ以上に奴隷であったシンが自分の意思を持ってくれたことが嬉しかったのだ。
だが、何の勝算もなしにつれていくなど出来ない。
そこでアストレアはとある人物のもとへシンを連れていった。
「――なるほど。つまりアストレア殿下はシン殿のために
そう神妙な顔でユリシーズは返した。
アストレアがユリシーズのもとへ出向いたのはその頭脳を買ったというのもあるが、それ以上に彼の『
「はい、それでなんとか力を貸して頂きたく――」
「承知しました。引き受けましょう」
「……いいんですか?」
あっさりと了承の意を見せたユリシーズにしばしの沈黙の後、アストレアは確認を取る。
「ええ。彼女ほどの能力者を殺してしまうのは惜しい。王国に引き入れることが出来るのであればそうするのが合理的でしょう」
態度を崩さずそう言い切ったユリシーズ。
覗かせる単眼には敵対者へ対する複雑な感情などはなく、そうすることこそが最適解だと確信した迷いのない色があった。
「ちなみに、アストレア様がここに訪れたのは私の助力が必要だったからではなく私の『
「――やっぱりお見通しなのね」
「アストレア様には私もよく知っている、頼りになるお知り合いがおられますからな。単に助力を請うだけならそちらを選ぶだろうと思い至っただけです」
ちなみにこのお知り合いとはアポロを指しており、これはシンでも分かっていたが、肝心の話の内容についてまったく理解出来ていなかった。
そんなシンの様子に気付いたユリシーズは謝罪の言葉を口にし、詳細を語る。
「失礼致しました。私の『
「つまり何でも願いを叶えることが出来る能力ということでしょうか?』
「それは少し違います。あくまで『目的』を成し遂げるのは貴方です」
「?」
「詳しく説明しましょう。《
少々難解だが要するに《
「つまりこれから私は貴方に『
「なるほど……何というか少しまどろっこしい能力ですね。それなら結局は自分でやるのと変わらないような……」
「そう思う気持ちは分かりますが、やるべきこと――つまりは『試練』が向こうから来てくれるのは随分助かることですよ。やらなければならないことが可視化されるわけで、『何をしていいか分からない』なんてことがなくなりますからね」
「なるほど……そう言われると確かに強力な『
その説明に得心がいったように頷くシン。
そこへユリシーズは「ただし」と付け加えると、
「この能力には一つリスクがあります」
「リスク?」
「はい。もし対象が『試練』を越えられなかった場合、その時点で『目的』は未来永劫達成出来なくなります」
「それは、どういう……」
「シン殿が一度でも失敗すると『
「――――」
「決めるのは貴方です。どうされますか?」
突き付けられた選択にシンは重く押し黙った。
ユリシーズの力を借りれば失敗の許されない過酷な試練に身を投じることになる。
かと言って広い戦場から一人の人間を自力で見つけだし助けるなど同じくらい無謀なことだ。
前門の虎に食われにゆくのか、後門の狼に食われにゆくかの二択。
しかし、シンの答えは既に決まっていた。
「お願いします。おれに貴方の『
例え無謀だとしても少しでも可能性の高い方を選らぶ。
『試練』がいくつ来ようが関係ない。その全てを踏破してあの子を救う。絶対に。
「――貴方の覚悟、しかと受け止めました」
そう僅かに口元を弛めるとユリシーズは眼帯を取る。
そこには顔半分を覆うように『
◇
「ありがとうございました」
「失礼します、ブラック中将」
お辞儀とともに二人はお礼を言うととそのまま場を後にしようとする。
「お待ちをアストレア様」
だが、その背中をユリシーズが引き止めた。
「どうせならシン殿に『あの剣』を持たせては如何でしょうか?」
「『あの剣』って……まさか……」
その言葉が指し示す物に思い至ったアストレアは驚いたように固まる。
「ええ、ずっと考えておりました。シン殿なら宝物庫に眠りし『あの剣』を扱えるのではないか、と」
そう口元を三日月型に歪めたユリシーズのそれはいつも見せる軍師のものではなく、悪巧みを企む少年のようであった。
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