第16話 訪問

 研究所を出た四人は全員が同じ馬車に乗って指南役(になる予定)の人物の元に向かっているのだが、


 「なあ、一体何処へ行くんだ?」


 「着いてからのお楽しみです」


 移動中の馬車の中、カストルとフォルトゥナのもう何度目か分からないやりとりが繰り広げられる。

 馬車に乗ってからと言うもののカストルの様子がおかしい。

 これから会う人物のことをしきりに気にし、ソワソワしている。

 

 「着きました」


 馬車が止まり、フォルトゥナが到着を告げる。

 馬車を出ると目の前に広がったのは広大な庭と大きな屋敷だった。周囲は緑で覆われており、都市からはある程度離れた場所にあることが分かる。


 「ここって……」


 「やはり……」


 着たことがあるのかアストレアとカストルはそれぞれ見知ったような反応を示す。

 特にカストルの反応は顕著で露骨に顔を曇らせていた。


 「あの……ここに来たことが?」


 カストルの奇妙な反応にシンは恐る恐る尋ねるが――、


 「来たことがあるも何もここは私の実家だ!」


 苛立ったように怒鳴り返され、ビクンと体を震わせた。

 何故か相当機嫌が悪いらしい。


 「ちょっとカストル!シンくんに八つ当たりしないで!」


 「フォルトゥナ!まさか代わりのお方というのはお祖父様じゃないだろうな!」


 アストレアの言葉を無視して詰め寄るカストルだが、当のフォルトゥナは何処吹く風と言った様子で何も答えようとしない。


 「そうかそういうつもりならもういい。お祖父様の手を煩わせるくらいなら私がコイツの指南役に……」


 「カストル様!お帰りになられたのですか!」


 そこへシン達に気が付いた門番が駆け寄ってくる。

 門からはある程度離れた距離にいたため、気付くのが少し遅れたようだ。


 「それに……アストレア王女殿下!?ほ、本日はどのような要件で!?」


 「いや、別に何でもな……」


 「あのね、わたしたちアポロさんに用があって会いに来たんだけど今いらっしゃるかしら?」


 「ちょ、アストレア様!?」


 誤魔化そうとしたカストルだったがそれをアストレアは許さない。無視された意趣返しとばかりに前へ出、笑顔で要件を伝える。


 「はい!アポロ様は本日、ご自身の書斎にしてくつろいでいらっしゃるので大丈夫かすぐお聞きして参ります!」


 「ありがとう」


 「お、おい!」


 王国きっての人気者スターであるアストレアの美貌に陥落した門番は主君であるカストルの静止の声も聞かず、屋敷まで一直線に駆け出していった。


 ◇


 アポロからの言伝を受け取った門番の返答はイエスだった。

 「もしかしたら断ってくれるかも」というカストルの期待は儚く散り、四人はカストルの実家であるホークメイ邸へ足を踏み入れた。


 ホークメイ邸は小ぶりな城を思わせる二階建ての邸宅だ。庭園には色とりどりの花が咲き誇り、邸宅内の調度品は全て一級品で揃えられている。それでも下品な印象を受けないのは屋敷そのものが醸し出す年季や配置へのこだわりのお陰だろう。


 「一体何でこんなことに……」


 屋敷に入ってからカストルはずっとこの調子で何やらブツブツと呟いている。


 「ところで……その、アポロさん?ってどのような方なのですか?」


 シンはアポロについてカストルの祖父であるということ以外何も知らない。これから教えを乞うというのにどんな人物なのか知らないまま会うのはとても不安だった。


 「それはわたしが説明するわね」


 そんなシンの胸中を察したアストレアが説明を始める。


 「アポロさんはカストルのお祖父さんでホークメイ公爵家の現当主、そして十二個ある国務卿の一つ、国軍卿と王国軍を束ねるトップ、統合参謀本部総長を兼務している凄い人なの」


 王国が保有する戦力である王国軍は陸軍、海軍、空軍、そしてこれら三つを指揮する役割の統合参謀本部に分かれており、それら全てが国軍省に所属している。

 国軍卿はそのトップであり、王国軍全体を統括する役割にある。

 そして、統合参謀本部総長とは国軍卿を補佐し、王国軍全体を運用する立場にある最高司令官。

 つまりアポロは平時、戦時の両方において軍の最高責任者という立場に立つ王国軍人の頂点と言える存在なのだ。


 「なるほど……それで、性格とかはどんな感じなのですか?」


 「そうねえ……騎士道第一って感じで自分にも他人にも厳しい人よ。あと、愛妻家」


 「うっ……」


 「厳しい人」のところで肩を震わせるカストル。どうやら祖父アポロの厳しさに触れた経験があるらしい。


 「中々の女好きプレイボーイだったらしいですけどね~」


 「え?」


 とフォルトゥナがようやく固まってきたアポロのイメージをぶち壊してきた。


 「それって、どういう……」


 「昔はそうだったってだけよ。奥さんと出会ってから変わったみたい」


 すかさずアストレアがフォローを入れてくる。


 「ダフネお祖母様か……品があり、優しくも芯のあるお祖父様に相応しい王国淑女だった……」


 カストルが懐かしむように一人呟いた。その声色には哀愁のような感情が滲んでおり、鈍感な傾向にあるシンでもダフネが既に故人であると想像のは難くなかった。


 「あっ……ごめんなさいカストル……辛いことを思い出させてしまって」


 「謝らないでくださいアストレア様。お祖母様のことを思い出すのを辛いなどと思ったことはありません。……忘れてしまうことの方がずっと辛いのですから」


 「カストル……」


 強がりなどではなく、本心からそう言ったカストルにアストレアは静かに目を見開く。

 そして、その言葉に大きな反応を示したのはアストレアだけではなかった。


 「忘れてしまうことの方が……ずっと辛い……」


 シンはその言葉を今一度反芻する。

 その通りだとシンは思った。

 シンは自分が何者なのか分からない。だが、奴隷になる前はきっと大切な家族や友人もいたはずだ。

 そう考えると寂しい気持ちになってくる。何もおぼえていないはずなのに。


 思い出したい。

 忘れたままなんて嫌だ。

 だって自分はエレインのことを――


 「…………え?」


 今、自分は何を……

 確か大切な人の名前を思い出した気がするのだが――、


 「さて、湿っぽい雰囲気はここまでにして……着きましたよ。ここがアポロ様のお部屋ですよねカストル?」


 しかし、そんな違和感はフォルトゥナの到着を告げる知らせによって一瞬で霧散した。


 「ああ……」


 あまり乗り気ではないカストルを無視してアストレアがドアをノックする。


 「すいません、わたしです。アストレアです」


 「どうぞ、お入り下さいませ」


 ドアの向こうから老人独特の嗄れた、だが力強さを感じさせる声が返される。

 アストレアはシンの方を向き、安心させるように笑顔で頷くと扉を開いた。

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