第14話 黄金のような

 夢を――見ていた。


 何気ない日常を映したありきたりな夢だ。

 だが、今となっては黄金のようなかけがえのない瞬間だったのだと気付かされる。


 隣にあの子がいて、二人だけで話をしている。

 ただ、それだけの夢だ。

 ただそれだけなのに自然と頬が綻び、なんとも言えない穏やかな気分にさせてくれる。


 幸せな時間だった。

 辛い時、苦しい時、あの子はこうやって寄り添ってくれた。労ってくれた。

 それだけで暗い明日を生きていけた。

 そんな彼女を助けたことが自分にとって何よりの誇りだった。


 しかし、引っかかることが一つある。

 それは目の前のあの子が記憶の中に彼女に比べ、幾分か幼い見た目をしているということだ。

 夢だと言ってしまえばそれまでだが、その光景に既視感を抱いている自分がいた。


 (もしかしてあの子とは以前にも会ったことがあるのだろうか?)


 そんなことを考えていると目の前のあの子が寂しげな笑みとともに言葉を紡ぐ。

 だが、声は聞こえず何を言っているのか分からない。

 その言葉の意味を知りたくて、懸命に唇の動きを注視していると最後の一言だけを読み取ることが出来た。


 『さようなら』


 「――っ!」


 そう告げるとあの子は去っていく。

 そんな彼女に必死に手を伸ばす。このまま彼女を見送ってしまえばもう、二度と会えない気がして。

 しかし、伸ばされた手は何物も掴めず虚空をきる。

 二人を別つ距離は次第に開いてゆき、追いかけることも呼び止めることも出来ない。

 何も出来ないまま一人となった少年はとっくにこの場からいなくなった少女の名前を叫び続けた。


 ◇


 「待っ…………!」


 勢いよく目を開け、意識を覚醒させる。

 夢かうつつか一瞬判別がつかず右腕を伸ばしたまま硬直していたものの、ゆっくりとこれまでの経緯を思い出すと張り詰めていた緊張感のようなものを弛緩させた。


 「はぁ……はぁ……」


 だが、吐いた息は安堵の息とは程遠い。全力疾走した後のように浅く、心臓の鼓動は早い。


 「…………」


 先程まで見ていた夢を思い出す。

 夢だと分かっていたはずのに不安で怖くて堪らなかった。そして、目が覚めてからもそれは変わらない。

 あの夢が最後で、もう会えなくなると感じている自分がいた。


 (何を馬鹿なことを……)


 そう弱気になる自分を吐き捨てた。

 たかが夢で何をここまでナーバスになっているのだろう。

 あの子は絶対に救い出す。まだ、お礼の言葉も言えていないのだ。

 それにしても最近は変な夢をよく見る気がする。

 今まで夢なんか見なかったはずなのに。


 「おはようございます」


 「わっ!?」


 唐突に横から声をかけられ驚く。あの子のことを考えていたせいで誰かがいることに全く気が付かなかった。

 顔を向けるとそこには使用人メイド服姿のフォルトゥナが笑みをたたえながら控えていた。

 

 「フォルトゥナさん?どうしてここに……」


 「私の本業はアストレア様の使用人ですよー?昨夜はお暇を頂きましたが、今朝こうして出勤するのは当然のことです」


 それは初耳だったが、言われてみればフォルトゥナはカストルと一緒にアストレアのそばにいることが多かった。

 従者であるカストルと使用人のフォルトゥナでは立場が微妙に違うのだろうが、側近という点では一緒だ。

 だがそれならば何故フォルトゥナは今、アストレアではなく、自分の側にいるのだろうか?


 「アストレア様のご命令です。しばらく自分ではなく、アナタの側についているようにと」


 シンの胸中を読んだフォルトゥナが先に答えた。

 アストレアが気を遣ってくれたのだろう。有難い半面申し訳なくも思う。


 「アストレア様……」


 アストレアのことを考えたからだろうか。ふと、昨夜の出来事が思い出される。

 今思えば随分と出過ぎた真似をしたかもしれないが、アストレアの抱えていた信念、葛藤に寄り添うことが出来、ああやって笑ってくれたならそれでいいと思う。


 しかし、何故自分はあのようなことを言えたのだろう?それが不思議でたまらない。

 正義や信念などアストレアと話したあの瞬間まで考えたことも考えようとしたこともなかった。

 過酷な日々を生き抜くだけで精一杯だった自分にとって縁のないものだったはず。

 そんな自分がアストレアに対して正義とは何かを語ったなどはたから見れば噴飯物に違いないが、アストレアの反応からしてそれなりに道理の通ったことを言えたのだとは思う。


 もしかするとあの業を煮詰めたような環境が悪い見本となったおかげでこのような感性が身についたのだろうか。

 そうだとしたら『正義』の思想を得るには理不尽に虐げられる必要があるようで甚だ心外だが。


 「シンく〜ん?」


 そこへフォルトゥナが触れてしまいそうなほど顔を近づけてきた。覗き込んでくる赤の双眸は訝しむように細められている。


 「わっ!?」


 「さっきもそうですけど心ここに在らずと言った感じですよ?体調でも悪いんですか?」


 「いえ、大丈夫です!」


 体を反らすことでフォルトゥナと距離を取ろうとしつつ快調を訴えるシンだが、その頬は現在の心境を表すように赤く染まっていた。

 それ見たフォルトゥナは意地悪げに笑うとますます距離を詰めてくる。


 「本当ですか?顔も赤いですしやっぱり風邪が……」


 「大丈夫です!大丈夫ですから!」


 顔を背け尚も快調を主張するシン。壁際まで追い詰められ、逃げ場のなくなった哀れな少年は顔を背けることで涙ぐましい抵抗を続けていた。

 そんなシンを見て満足したのかフォルトゥナは顔を離すと「なら、問題ないですね」と何事もなかったように微笑んだ。


 「それはそうと、シンくん。早く着替えて朝食を摂りましょう。すぐに出て行かないといけませんので」


 「出て行く?おれがですか?」


 まだ赤みが引きっていない顔でキョトンとするシンに「はい」と肯定するフォルトゥナ。

 「何か用事があったか」と一瞬思うもここへ来たばかりのシンに用事など一つしかない。


 「あ」


 「そうです。昨日してもらった解析の結果が出たと今朝ヴァルカン博士から連絡がありました。なので今日、出来るだけ早く来るように、と」


 「もうですか?昨夜終わったばかりなのに……」


 徹夜で研究するとは言っていたがたった一晩で終わらせるなんて。そう言いたげにシンは軽く目を見開いた。


 「性格はですが、腕だけは確かな方ですから」


 そんなシンに同意したようにフォルトゥナは苦笑した。


 「さあ、早く着替えて朝食へ向かいましょう。なんなら、着替えさせてあげましょうか?」


 「だっ、大丈夫です!?」


 ようやく落ち着きつつあった顔の赤らみをぶり返すシン。

 その様子を満足げに見届けるとフォルトゥナは「食堂で待ってますね〜」と言い残し部屋から去っていった。

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