第11話 襲撃

 「ご馳走様でした」


 「はい、お粗末様です」


 自らが腕によりをかけた昼食を完食したシンにフォルトゥナは満足げに微笑んだ。

 用事のためアストレアと別れたシンたちは先に待ち合わせ場所に指定されたアストレア所有の屋敷へ向かい、そこでシンは初めてのシャワーを浴び着替えた。


 ちなみシンの服装はフリルがあしらわれたシャツに大きなリボン、そしてその上から袖のないオーバーサイズのカーディガンという御伽噺の住人が着ていそうな可愛らしい服装だった。

 男が着ても不自然なデザインではないのだが、こういう服に縁がなかったせいか気恥ずかしく感じる。

 これはアストレアの趣味で元々はカストルに着せようとしていた代物らしいが、当のカストルがそれを拒否したためタンスの奥に眠っていたらしい。

 

 「ところでシン君は食べ方がお綺麗でしたね。今まで奴隷だっとは思えないくらいに」


 「そうなんですか?」


 「ええ、少々粗がありますが、多分フォークとナイフを持ったのが久しぶりだからじゃないでしょうか。もしかして元々は良いとこの子だったりして」


 興味津々といった様子で身体を乗り出してくるフォルトゥナにシンは僅かな逡巡を挟むと、


 「……どうだったんでしょうね。なにせ自分の名前すら忘れて付け直した奴ですから、おれは」


 自嘲げに返した。

 シンは奴隷になる以前のことをもう覚えていない。

 奴隷として過酷な日々を送ってゆく内に記憶が塗り替えられ、風化していったのだろう。

 母国のことも、両親のことも、自分の本当の名前も――何もかも覚えていないのだ。

 

 その時だった。

 音もなく扉が開かれ、筒のような物が放り込まれる。


 「あれは――」


 「シンくん!」


 シンが筒に気付くと同時にフォルトゥナが動いた。

 倒れ込むように地面に伏せると、自分とシンの口を守るように手で覆う。


 「フォルトゥナさ……もご……」


 「息を止めて下さい!」


 そして、筒から白煙が一気に放出され、部屋全体を覆い尽くした。


 「これは……ガス?」


 「行きますよシンくん!」


 フォルトゥナは咳き込むシンの手を引っ張り窓からの脱出を試みる。

 しかし、その行手を遮るように何かが二人の眼前を掠めた。


 「弾丸……!?」


 どうやら敵は銃を持っているらしい。そうなると視界の見えないこちらは断然不利だ。

 だが、アストレア――王族の所持する屋敷に襲撃するなど国家反逆罪に問われてもおかしくないほどの愚行。

 愉快犯などではない、何か明確な目的があった上で行われたと考えるのが自然だ。


 一体何のためにこんなことを――、


 「シンくん!私の後ろに退がって下さい!」


 思考に没入するシンを引き戻したのは透明の声色だった。腕が引っ張られ、後ろに引き摺り込まれる。

 そして、シンを庇うようにフォルトゥナが前に出た。


 「絶対領域――拡張!」


 フォルトゥナがそう叫ぶと同時に周囲に魔力が広がる。

 『聖痕スティグマ』を発動したのだとシンは分かった。

 次の瞬間、再度弾丸がフォルトゥナに向かって撃ち込まれる。

 その数四発。躱すことも、弾くことも出来ない。


 「フォルトゥナさん!」


 しかし、弾丸はフォルトゥナに直撃することなく、逸れるようにして周囲へ着弾した。


 「え?」


 その光景にシンは拍子抜けしたような声を上げた。

 弾道は間違いなくフォルトゥナの方を向いていた。あの軌道から弾丸が外れるわけがないのだ。

 だが、そんなこと考えている間にも状況は目まぐるしく変わってゆく。


 「!?」


 フォルトゥナが雷に打たれたように足元へ視線を下げたその刹那だった。

 床から――まるで水面からでも飛び出してきたかのように肌まで張り付いた黒服姿の男がナイフとともに飛び出してきた。

 恐らくはこれが男の『聖痕スティグマ』なのだろう。

 しかし、漏れ出す僅かな殺気を感じ取り、その気配に気付いていたフォルトゥナは伸ばされた腕を掴むと外見に似合わない手慣れた動きで男を床に叩きつけ、動きを拘束する。


 「――!?この方は……」


 何やら呟くフォルトゥナをよそにシンは《森羅万象救済す神変ワールド・セイヴァー》で筋力を強化し、獣のように疾駆すると壁へ交差する形で飾られていた剣を手に取った。

 そして、強化された腕力で勢いよく剣を振るい突風が起こすと部屋に漂っていたガスを霧散させる。


 「――っ!」


 露わになる部屋の光景。室内にはフォルトゥナが取り押さえた男と同じの格好をした三人が入り込んでいた。


 「行きます!」


 「あ……シンくん!待ってください!」


 フォルトゥナの制止を振り、一番近くにいた刺客との距離を一気に詰めると力任せに剣を振るう。


 「はあああああ!」


 「うおっ!?」


 刺客はそれを手にした短剣ナイフで防ごうとするもシンの怪力に耐えれず弾き飛ばされ、壁に叩きつけられた。


 (よし!次……)


 続け様に次の刺客を仕留めるべく体の方向を変えた刹那、その目を見開いた。

 

 「なっ……」


 見開かれた黄色のまなこが映すのは銃口を突きつけるの刺客。

 その引き金には指がかけられ、今にも引かれようとしていた。


 (やばっ……間に合わな……)


 回避も防御も不可能。

 放たれた弾丸が頭蓋を撃ち砕き、中の脳漿を貫くとその中身を撒き散らす。

 そんな最期がシンの頭の中で再生された。

 そしてそんな幻視通り引き金が引かれ――、


 「パァァン!」


 だが、刺客の下手くそな銃声とともに銃口から飛び出たのは弾丸ではなく、一輪の花だった。


 「……は?」


 シンは呆気に取られた声を溢した。

 走馬灯が駆け巡った直後の脳にあらゆる疑問が渦巻き、混乱が混乱をもたらす。


 「アッ……ハハハハハハハハハハハハハハ!」


 そんなシンに刺客は盛大に笑った。

 よく見れば五人目の刺客は他と違い黒の戦闘着ではなく、白衣を着ている。更に手入れの行き届いていないボサボサの髪に曇った眼鏡、無精髭という出立ちは刺客というよりも徹夜明けの研究者だ。


 「いい顔するねぇ君!わざわざ駆けつけた甲斐があったよ……アハハハハハハハッ!」


 男は腹を抱えて、一人楽しげに爆笑し続ける。


 「……これはどういうおつもりですかヴァルカン博士?」


 溜め息をついたフォルトゥナが俗に言うジト目で男を睨め付ける。


 「あの……お二人はお知り合いで……?」


 シンが戸惑いながら二人を交互に見遣っていると男は口を三日月型に歪め、恭しく頭を下げた。


 「お初にお目にかかりまする。小生はヴァルカン・オブ・グレイ。神秘局局長兼王国神秘研究所所長。ヴァルカン博士と呼んでほしい。宜しくだシン君」


 「え?王国……研究所?」


 「シンくん。その方は敵ではありませんよ。一応」


 戸惑うシンに説明を付け足すフォルトゥナ。


 (というより何でおれの名前知ってるんだこの人……)


 「一応とは失礼な!小生はちゃんと君達の味方さ!」


 「では何故、その味方が諜報局のエージェントとともに襲撃なんてしたんですか?」


 詰問するような声色で問いかけるフォルトゥナ。

 向けられるその目は「答えによって然るべき対応を取らされもらうぞ」という告げているようにも見える。

 常人なら腰が抜けてもおかしくない威圧感だが、ヴァルカンが飄々とした態度を崩すことなく、


 「ちょっと驚かせようと思っちゃってね」


 「…………は?」


 舌を出して茶目っ気のある笑顔で答えてみせたヴァルカンにフォルトゥナが「何言ってんだコイツ」とでも言いたげな表情へと変貌した。


 「いや、アストレア様からの報告で彼のことを聞いてね。もう居ても立ってもいられなくて会いに行くことにしたんだ。でも普通に会いに行っても面白くないだろ?そこで普段から小生のお世話になっている諜報局の子達に協力してもらってシン君を驚かそうとしたわけさ!」


 ヴァルカンは親指グッと突き立てるとやってやったとばかりに誇らしげな笑みを浮かべた。

 前言撤回。襲撃者はただの愉快犯バカでした。


 「馬鹿なんですか貴方はーーーーーーーーー!?」


 シンの心の内を代弁するようにフォルトゥナが一切混じり気のない本音を爆発させた。


 「フォルトゥナ!ここにヴァルカン博士来てな……って何よこれーーーーーーーーーー!?」


 そこへ帰ってきたアストレアが部屋の惨状を見て絶叫する。

 収拾のつかなくなった混沌カオスな場にシンは何もかもがどうでもよくなり、一人部屋からこっそりと抜け出した(すぐに連れ戻された)。

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