第10話 ザンザス王国

 「着きましたよ〜」


 鼓膜を撫でたのは到着を告げるフォルトゥナの声。

 どれくらい馬車に揺られたのだろうか。

 目を覚ましたシンは寝ぼけ眼のまま窓から顔を出す。そこには低く分厚い市壁と都市の出入り口である市門が聳え立っていた。


 「おい!貴様は顔を出すな!」


 背後からカストルの声が飛んで来るもシンは初めて見る異国の光景にしばらく顔を引っ込めなかった。


 「ここが……」


 「はい、この門の先が目的地の王都ドドネです」


 王都ドドネ。星形の市壁で守れた王族の居城オリュンポス宮殿を構える人口五十万以上の大都市だ。

 宮殿や各政府省庁舎、神々を祀るゼノン大神殿、王立図書館などの行政機関のある王都の中枢行政区。王都市民の住居が建ち並ぶ居住区。生活には欠かせない商店街マーケットや娯楽施設であるアフロディティ大劇場にヘラクレイオス競技場、そして多くの工場のある経済の中心商工業区。王国神秘研究所やザンザス大学、神秘学師を養成する神秘学園に国を守る英雄の卵を育て上げる軍士官学校、そして学生寮のある学究区の四つに分けられており、この王都内だけで生活がほぼ完結するようになっている。


 その美しく趣きを感じさせる街並みに反して宮殿までに続く通りが極端に少なく攻めにくい造りになっている上、市壁には多数の砲台が設置されている等、敵を迎撃する城塞都市としての側面も覗かせている。


 敵を引き寄せ、討ち倒す市壁の出島甕城バービカンの門を潜り、更にその先にある市門が開くとそこには――、


 「アストレア様あーーーーー!」


 「お帰りなさーーーーーい!」


 「どうかお顔をーーーーー!」


 喧騒でごった返す街並みがあった。

 城門近くの通りに集まった群衆は口々にアストレアの名を叫び、自分を見て欲しいとばかりに踊るように手を振っている。

 この光景はシンも共和国で見たことがある。帰還した自国の軍の勝利を祝う凱旋というものだ。

 それに応えるため、アストレアが馬車から顔を出すと歓声はより熱を帯びたものに変わった。


 「凄い人気ですね」


 「当然だ!なにせアストレア様は王族でありながら自ら民を守るために剣を摂られているのだからな」


 カストルはまるで自分のことのように誇らしげに胸を張った。

 結局、戦争は一時休戦という形になった。

 中には徹底抗戦を主張する者もいたが、食糧不足による兵士たちの不満が募るのを危惧したのに加え、停戦を跳ね除けることに旨味が少ないと判断する者が大半を占めた結果、仕切り直しという意味合いを強く込めた上で休戦協定を結んだのだ。


 シンのことを話せば意見を変える者もいたかもしれないが《森羅万象救済す神変ワールド・セイヴァー》についてアストレア達はまだその詳細を把握出来ているわけではない。

 不確定要素を抱えたまま戦争に突入するのは危険と判断し、シンについては伏せることにした。

 ともかく停戦となった以上、戦場に居座り続ける意味はない。

 そうして王国軍は踵を返し、王都に戻ってきたのだった。


 ちなみにシン、アストレア、カストル、フォルトゥナの四人は同じ王族専用馬車に乗っており、柔らかい座席と広い間取りの中で帰路を快適に過ごしていた。

 本来王族専用馬車はその名の通り王族しか乗らないのだが、例外もある。その最たるものが護衛でカストル、フォルトゥナはアストレアの護衛という大義名分の下、乗車が許されていた。

 

 ならば何故王族でもなければ護衛でもないシンが乗れているかだが、完全にアストレアの権限であった。

 シンの『聖痕スティグマ』は王国にとって重要になり得る存在。その持ち主を他の捕虜と同じように扱うわけにはいかなかったというのが大きな理由だが、そのことを話すわけにはいかない。

 よってシンがこの馬車に乗ってることを知っている者はほとんどいなかった。


 当然のようにカストルはいい顔をしなかったが、『ポルクス』に諭されたのに加え、シンに怪我を治してもらっていたため渋々了承せざるを得なかった。


 「あの……アストレアよろしいでしょうか?」


 ファンサービスがひと段落し、馬車から顔を引っ込めたタイミングを見計らってシンは尋ねかけた。


 「いいわよ。何?」


 「なぜ軍人をやっているのですか?王族でそれに女性なのに」


 国王を頂点に掲げる国にとって王族とは象徴。神聖にて不可侵でその存在は何者にも脅かされてはならず、何かあっては国の一大事となる。

 故に王族は国王を筆頭に比較的安全な後方で指揮を取ることあれど自ら危険な戦線に赴き、戦うことは滅多にない。

 しかし、アストレアは王族という立場にありながら自ら戦線で剣を振るっている。しかも女だ。

 この時代において女の立場は男よりも弱く、何らかの要職に就くことはほとんどない。軍などはその典型だ。

 東側は特にその傾向が特に強く、十字聖教の教典には『女が男の上に立つことを認めない』という旨の記述があるらしい。

 そんなシンの質問にアストレアはしばし間を置いてから答えた。


 「わたしはね勇者アーサーに憧れて軍人きしになったの」


 「勇者アーサー?それは『勇者アーサーと十二人の騎士』の?」


 シンの言葉にアストレアは満足そうに頷いた。

 『勇者アーサーと十二人の騎士』とはこの世界に住んでいる者なら誰もが聞いたことのある童話の一つだ。

 内容は勇者であるアーサーと彼の仲間である十二人の聖騎士がかつて世界の四分の一を支配した四人の暗黒騎士と三柱の魔神を撃ち倒すといった典型的な英雄譚でその分かりやすいストーリーから子どもを中心に高い人気を誇っている。

 勇者アーサーはその主人公で作中では『騎士の鑑』と称されている。


 「わたしは小さい頃読んだ『勇者アーサーと十二人の騎士』で強くて慈悲深くて公正で誇り高くてとてもかっこいい勇者アーサーに憧れたの。だから彼のようになりたくて剣や『聖痕スティグマ』の訓練を積んで国軍省に入った。ちなみにだけどザンザス王家は勇者アーサーの血を引いていると言われているのよ」


 『勇者アーサーと十二人の騎士』の愛読者の中には勇者アーサーの実在を信じている者も多い。

 故にシンは「勇者アーサーは架空の人物だったのでは?」と藪蛇をつつくようなことはしなかった。

 

 「ええ、私達が共に訓練に取り組んだ幼少期、昨日のことのように思い出せます」


 「当時はアストレア様の『騎士ごっこ』にも付き合わされましたよね〜」


 「ちょっ、フォルトゥナ!」


 懐かしむように言うカストルと揶揄うように言うフォルトゥナに顔を赤くするアストレア。

 しかし、何故だろう。

 シンはアストレアの顔に昏い陰が落ちているように感じた。

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