第9話 葛藤
「それってどういう……」
「そのままの意味です。あの子を連れ出して死を偽装するんです。そうすれば彼女を殺さずに済みます」
アストレアの疑問にシンは簡潔に答えた。
「だが、証拠はどうする?死んだという証拠がなければ納得しない連中もいるぞ」
カストルの言う通り敵を殺したことを証明するには殺した証――つまりはその人物だと判別出来るものが必要だ。
場合によってはその者が身につけていた物でもいいかもしれないが若干信憑性に欠ける。やはり確実な信頼を得れるのは首であろう。
しかし、それが現実的ではないことは子供でもわかることだ。
「いえ、手はあります」
「何?」
「おれの『
そう言うとシンは手に持った齧りかけのリンゴを上へ放り投げる。
するとリンゴは最高到達点に達した後、当然のように落下するが、なんとその数は二つに増えていた。
一つはシンの歯形が刻まれたリンゴ。もう一つは傷も齧られた痕もない普通のリンゴだ。
「この増えたリンゴはこちらのリンゴと見た目も、味も、含まれる栄養素も何もかも同じです。なら、これを人間で行った場合はどうなると思いますか?」
シンの問いかけに三人の目の色が変わった。
一つのリンゴが二つに増やせるということは人間も増やせるということ。
そして、それはもっとも忌み嫌われる行為の一つである
「……まったく同じ人間を生み出せるということか?」
恐らくシンは『
しかし、それは人として、騎士として認めるわけにいかない。そう思ったカストルだったが、
「いえ、それは少し違います」
予想に反してシンは首を横に振った。
「共和国で何回もさせられたんですが、人間、動物でこれを行った際に生まれたのは意思を持たないただの肉塊でした」
「肉……塊?」
「はい。オリジナルとまったく同じ容姿、身体的特徴を持った肉塊です。それはおれたちと同じように動くこともなく、息もしませんでした。まるで魂の抜けた抜け殻のように」
シンの話した内容にカストルは戦慄を禁じえなかった。
生物と同じ
「これなら問題はないと考えます。どうでしょうか?」
たしかに
半ば抜け穴を突いた形だが、
しかし、そうだとしても首を縦に振るのは抵抗があった。
計画に危険がつきまとう、からではない。
もっと根本的な問題。
能力が危険だということは勿論のことセプトに殺された者は多い。この三人が知り合いを殺されたというわけではないが、彼女に大切な者を奪われ、号哭の涙を流していた者達を知っている。
彼らのことを考えるとおいそれと認めるわけにはいかなかった。
「おれが彼女を説得して王国の軍に士官させるのは如何でしょうか?あいつの能力はきっと役に立ちます!お願いします!」
アストレアらが乗り気でないことに察したのだろう。新たな条件を加え、シンは頭を下げた。
「貴方……」
自分の命乞いさえしなかった青年が他者のために頭を下げた。それはシンの思いの丈を表しているようでアストレアは胸が切なくなった。
「しかし、これは即決できることでは……」
やはりそう簡単に判断は出来ないとカストルはシンの懇願を撥ね退けようとしたが、
「分かったわ。協力する」
その言葉を遮るようにしたアストレアは言い切った。シンの目をしっかりと見て。
「本当ですか!?ありがとうございます!」
シンは言葉を聞くなり勢いよく頭を下げた。
顔は見えないが声色から感謝と喜びの念がひしひしと伝わってくる。
「お待ちくださいアストレア様!」
そこへカストルが諌めるような口調でアストレアの腕を掴むとそのまま部屋の隅へ連れていく。
「
「だからと言ってこれを拒否すれば彼の協力を得られなくなるかもしれない。彼を引き止めるためにも助けるべきよ」
その指摘にカストルは歯噛みする。
アストレアの言う通りここで
シンを仲間に加えるのと仇敵を始末し、死んだ仲間の無念を晴らす。天秤にかけた時、優先されるのは前者であることは否定できない。
「それに……」
そこまで言いかけてアストレアは口を閉じた。
「どうかされましたか?」
「……何でもないわ。とにかくこの件に関してはわたしに一任させて。いいわね?」
「……承知しました」
言えるはずがなかった。
断罪の光で傷付いた自分は"悪"で傷付かなかったシンは"正義"だから、などと。
そんなことを口にするのは志を同じくする同志達への不義理だ。
しかし、これでは彼らを騙しているということになる。それこそ団員達はおろか騎士道への背信なのではないだろうか?
様々な葛藤が沸いてきたが今はその時でないと自分に言い聞かせる。
「その代わり、約束して。能力を無闇に使わないで」
「分かりました。貴女の言う通りにします」
「失礼します!」
そこへ一人の兵士が慌ただしい様子で入ってくると流れるような動作で膝を折った。
「先程、共和国側から休戦の申し出がありました」
「分かったわ。少し早いけど休憩は終わりよ。至急会議室へ各隊の指揮官を招集して」
「了解です!」
アストレアの指令を受けると兵士は足早に去っていった。
「そういうことだからシンくんはまたここでしばらく待ってて。行くわよカストル」
「承知!」
その後を追うようにアストレアも腹心たるカストルを引き連れシンに背を向けた。
「一つ、宜しいですか」
だが、アストレアは呼び止められた。シンによって。
後にしようかとも思ったがシンは「一つ」と言っていた。そう時間はかからないだろうと判断して足を止めた。
「何故、おれを助けたんですか?奴隷で異教徒のおれを」
少々抽象的な問いかけにだったがアストレアはその意味をしっかり理解していた。
奴隷は言わずもがな異教徒とはこの世界における縮図を示す言葉でもあった。
この世界は二つの宗教によって西側と東側で分たれており、シンは東側の十字聖教を信仰する国の出身でアストレアの属するザンザス王国は十二神教を信仰する西側の国だった。
つまりシンはアストレア達から見れば敵で救う義理などないというのが一般の認識だった。
そして、それを分かった上でアストレアは答えた。
「一人の騎士として救わなければならないと思ったから」
その答えにシンはイマイチ理解が及ばず小首を捻る。その真意を問いただそうとするもアストレアは既に立ち去った後だった。
「行っちゃいましたね〜」
フォルトゥナは他人事のように呟いた。
「あれ、どういう意味なんでしょうか?」
「さあ?私は騎士でないのでよく分かりませんが貴方にとってアストレア様は心強い味方であるということは確かだと思いますよ」
そう言うとフォルトゥナはシンを勇気づけるようにニコリと笑った。
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