第8話 千変万化
(どうしてこんなことになったのだろう)
肩ほどの長さで切り揃えた金髪を揺らし、少女は独白した。
周囲の共和国兵が勝利の美酒(と言っていいかは怪しいが)に酔いしれる中、少女――
「シンくん……」
そして、人知れず帰らぬ者となった少年の名を呟いた。
王国との戦争は最初こそ互角だったが優れた神秘技術を持つ王国の兵器と強者揃いの兵にじわじわと押され、共和国は劣勢なりつつあった。
純粋な軍事力では王国に敵わない。そこで共和国は奇襲を仕掛けることにした。
奇襲ならば少数の兵でも大打撃を与えることが可能だが、当然相手の不意をつく必要がある。
そこで白羽の矢が立ったのは他人の姿に変身することの出来る『
結果として奇襲は見事成功し、前線に布陣していた軍を壊滅させた。
しかし、彼女はここで致命的なミスを犯した。離脱する際、敵兵に位置情報を特定される【
そのせいで追手が来てこれに慄いた隊長はシンを
だが、本当に殿は必要だったのだろうかと
確かに追手は来ていたが、その距離は随分離れていたし、少し手間をかければ安全に追撃から逃れることも出来たのではないだろうか。
そう考えるとシンが無駄死にしたようで酷く気分が落ち込んだ。
彼が何をしたと言うのだろうか。
彼女が共和国で初めて出会ったシンの姿は筆舌に尽くし難いほどの凄惨な有り様だった。
女の力でも折れそうなほど細い体に肌を覆い尽くすほどの無数の傷、そして何より印象的だったのは一人の人間として生きるのを諦めたかのような暗鬱な眼差し。
見ているだけで胸が締め付けられた。絶対に救いたいと思った。あの悲壮な顔を笑わせたいと思った。
だが、助けられなかった。それどころか自分のせいで彼は死んでしまったのだ。
無念で、申し訳なくて、悔しくて涙が滲んでくる。
「そんなところで何してるんだ?」
どこか鼻にかけた様子で声をかけてきたのは
この男は自らが隊長を務める部隊の隊員らがシンを虐げていたにも関わらずそれを止めず、むしろ積極的に加担しており、その残虐さは他の隊員が引くほどであった。
そのくせ上官に対しては常に平身低頭で強者には媚び、弱者には威張り散らす彼女が最も嫌う人間だった。
そして、シンを捨て駒にした張本人である。
「まさかまだあんな奴隷のことを気に病んでいるのか?しょうがないだろ。あそこでヤツを捨て……足止めに置いておかないと私たちが全員死んでたかもしれないんだからな。それどころかむしろ奴はおれに感謝するべきだ。畜生同然の奴隷が我々の役に立てて死ねたのだからな。そもそも――」
何を言っているかまったく頭に入ってこないがそれで良かったと思う。だって、言っていることは恐らく
『絶対に生きて帰ってきて』
別れ際、彼にそう言ったが、今になって思うと何て身勝手なのだろうと思う。
(私が殺したくせに……私が殺したくせに……)
◇
「
聞き覚えのない単語に首を傾げるシン。
アストレアは暫しの間、無言を貫いていたがやがて重々しく口を開いた。
「……つまり彼女は王国に大きな被害を与えている暗殺者ということですか?」
説明を聞いたシンは掠れた声で確認するとアストレアは神妙な面持ちで頷いた。
『私、自分の『
あの子がかつてシンに洩らした言葉だ。
彼女が何か汚い仕事をさせられていることは薄々勘づいていたが、ここまでのことをしているとは思ってもなかった。
「王国は……あの子をどうするつもりなのでしょうか?」
聞いてはならない。これ以上は聞かない方が良い。
そう頭の中で警鐘が鳴っている。
しかし、無意識の内にシンはそう口走ってしまった。
「…………」
アストレアも何も言おうとしない。ただ、苦しげな顔で黙り込むだけだ。
「彼女の存在を王国国軍省は重く受け止め、最重要抹殺対象とすることを既に決定している」
そこへアストレアに代わる形で、カストルが感情を覗かせない声色で真実を告げた。
「ぇ…………」
告げられた残酷な事実に口から声にならないの声が零れる。
「ちょっとカストル!なんてことを……」
「だからと言って誤魔化し続けることなど出来ません。騙すのはアストレア様とて本意ではないでしょう」
カストルに苦虫を噛み潰したような顔で言われ、アストレアは口を噤んだ。
こうなることが分かっていながらシンに尋ねられるがまま
迂闊な自分にアストレアは拳を強く握りしめた。
「じゃあ……あの子は……」
こんな問いかけは何の意味も為さない。
聞くまでもなく、彼女がどうなるか悟っているのだから。
しかし、聞いてしまった。聞かずにはいられなかった。
「殺さなければならない」
「待ってください!」
シンは傷が疼くのも構わず自分でも驚くほど大きな声で叫んでいた。
「どうにか……どうにかすることは出来ないでしょうか!」
「駄目だ。
取り付く島もなくカストルは答える。それはカストル個人の考えにも王国の総意にも聞こえた。
「そんな……」
カストルの無情な宣告にシンは声を打ち震わせ、項垂れた。
その姿にアストレアは声をかけることも出来ずに目を逸らす。
励ますような言葉をかけたところでシンが元気になるとも思えないし、なにより彼を見ていると自分のことように辛かった。
虐げられ、誰一人味方のいない地獄のような日々の中で彼女だけがシンにとっての救いだったのだろう。
助けて上げたい気持ちは山々だ。
しかし、今更決定を覆すことなど出来ない。
これが単なる個人の方針なら問題はなかっただろうが、これは軍の総意としての決定。それを覆すのは軍の権威に傷をつけることになる。
軍に身を置くものとして許容できることではなかった。
「…………」
もう
誰もがそう思った。
「あ……」
その時、俯いていたシンがふと声を上げた。
「どうしたんですか?」
フォルトゥナが声をかけるもそれには答えずシンはアストレアの方を見て言った。
「……アストレア様。死んだことにすることは出来ないですか?」
「え?」
その言葉にアストレアは豆鉄砲を食らったように固まった。
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