瞬く間に、世界は変わる。


お弁当の唐揚げが半ナマだった事。土手に足を滑らせた事。自動販売機からお釣りが出てこなかった事。お気に入りのハンカチがどこかへ行った事。


家に帰りたくないこと。

自分を、見てもらえないこと。


そんなことは他人の世界からすれば、知ったことではない。



茹だるような視線を太陽から向けられている。


映る影はいつも、ひとり分。


水面が綺麗に揺らめいて、その奥の水平線をぼーっと見つめる。


この心を溶かしてぐちゃくちゃに混ぜて、引き裂いて、もう二度と戻れなくなるような劣情が、忘れられない体温が欲しい。


ていうかもうなんでもいいや。

疲れたなあ。


無駄に思考の回る頭を伏せて、海と空の音だけを聞いていた。



その時、コツン。と

乾いた靴の音がすぐ隣から聞こえた。


驚いて、頭を上げる。

視線を向けると、そこにはひとりの女の子がいた。


小夜さよ


小さくて柔らかそうな唇から、私の名前を呼ぶ。


「え、誰?」


「私はね、れい


海から強い風が吹く。

彼女、澪の長くて黒い艶やかな髪が、キラキラと揺らめいている。


第一印象は、とにかく綺麗だなと思った。

顔は髪で隠れてよく見えないが、身体はスラッとしていて、肌は透き通るように白かった。


よく見ると、同じ学校の制服を着ている。

白いセーラーに、紺色のスカーフ。

スタイルがいい子が着ると、全然違って見えるなと感じた。


ただ、完全に知らない女の子だ。

少し警戒しながら聞いてみることにした。


「クラスの子…だったりする?私はあなたのこと、何も知らないんだけど」


「澪でいいよ。今日転校してきたの」


「転校生?」


澪はニコッと微笑んで、私の隣に座った。

ようやく見えた彼女の顔は、女優かと勘違いするほどに綺麗で、可愛くて、美しかった。


「じゃあ、なんで私の名前」


「ん〜、なんでだろうね?」


澪は、私の質問を完全にはぐらかして「へへへ〜」と笑った。


やりにくい。けれど、会話に嫌な気はしなかった。


「もしかして八重谷やえたにに言われて探してた?」


「八重谷先生ね、もう呆れた顔してたよ。

私が小夜に会いたくて来ただけ」


ますます謎が深まる。何故こうも、初対面なのになつかれているのだろうか。


「そ、まあいいけどさ」



〜〜〜〜〜♫


詮索するのも面倒くさくなった頃、ポケットから着信音が鳴り響いた。


画面を見やると、思わず眉間に皺が寄る。


「…帰らなきゃ。じゃね」



「小夜」



申し訳程度に手を振って、踵を返すと

彼女は呼んでいるのかそうでは無いのか、分からないほどの小さな声で呟いた。



「また明日ね。待ってるよ」


彼女の頬は桜色に染っていた。

その瞬間、少しドキッとしたのを覚えている。

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沈む。 鳴沢 梓 @Azusa_N

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