30 ウエルカムドリンク1

30 ウエルカムドリンク1


 そして、いよいよ目の前に現われた風穴。

 吹きつけてくる生温かい風を感じながら、僕らは身を投じる。

 最強最悪と呼ばれる地下迷宮ダンジョンに。


 内部の第一印象は、普通の洞窟と変わりない感じだった。

 どこもごつごつしてて足場が悪く、進むほどに暗くなっていく。

 そろそろ明かりが必要かなと思った矢先、目の前が行き止まりになる。

 どうするのかとエイトさんを見ていたら、袋小路の壁に向かって突っ込んでいった。


 暗闇の壁に吸い込まれるようにエイトさんの身体が見えなくなる。

 そうか、この偽装された行き止まりこそが、本当のアウトゾンデルックの入口なのか。

 僕はいよいよ覚悟を決め、みんなの後に続いた。


 黒い壁に足を踏み入れると、目の前は真っ暗になってしまったけど、足場の悪さは消え失せて平らの床を感じる。

 思い切って歩を進めると視界がいっきに開け、石造りの広い通路に出た。


 その通路は一本道で、エイトさんはさっさと先に進んでいく。

 人数分の足音が甲高く鳴り響くだけで、他の物音はない。


 通路の先には、見覚えのある空間が広がっていた。

 壁こそ石造りだったけど、どこまでも続くその場所は……。


「ここは、ダマスカスライムと戦った……」


 「そうだ」とエイトさん。


「じゃ、ケンカパーティの続きといこうじゃねぇか」


 「ダンスパーティの続きでもいいよん」とシトラスさん。


 僕も気の利いたことを言ったほうがいいのかなと考えたけど、思いつく前に誰のものでもない声がした。


『ヒッヒッヒッヒ……俺様んちのホームパーティでは、どっちも大歓迎だぜぇ……! ただし頭に「死」が付くけどなぁ……!』


 あたりを見回して声の主を探す。

 しかし周囲には、僕らの他には誰もいなかった。

 にわかに動揺する僕らをさらに揺さぶるように、その声は続く。


『ダマスカスライムと戦ったときと同じメンバーとは、クリアスカイも人手不足なんだなぁ……!』


 それは、不思議な声だった。

 遠くで鳴っているようでいて、すぐ近くにいるようにも聞こえる。

 そして、何かを食べながら喋っているみたいに、喋るたびにクチャクチャ音が混ざって耳障りだった。


 「誰だぁ、テメェは……?」と睨み回すエイトさん。


『人に尋ねるのなら、まずは自分から名乗るのが礼儀だろぉ……?』


「抜かしやがれ! そこまで言うなら名刺交換といこうじゃねぇか! その汚ぇツラに直接ブチ込んで……! むぐぐっ」


 握り拳を固めるエイトさんの口に、フリンジの先端がピタッと貼り付いた。


「まあ、名前くらいなら教えてあげてもいいっしょ。こっちはエイト、俺は……」


『オカマ野郎のシトラスだろぉ?』


「……なんだ、知ってんじゃん」


「落ち着いて、シトラス。俺たちの心を乱そうとしてる」


「レインってば、わかってるって。エイトじゃあるまいし、俺はそんなんじゃキレたりしないよ、ねっ」


 口に付いていたフリンジを、「ぬがーっ!」と剥がすエイトさん。


「いつまでもコソコソしてねぇで出てきやがれ! 半殺しと半殺し、2回に分けてブッ殺してやらぁ!」


『慌てんなって、まだ自己紹介も終わってねぇだろぉ? マジで野良犬みてぇだなぁ』


 「クソがぁっ!」と激昂するエイトさんをなだめていると、


『俺様はユーベラ、ここのフロアガーダーだよぉ』


 僕らの間に、明確なる動揺が走った。


 このアウトゾンデルックには各部屋にボスがおり、それは『ルームガーダー』と呼ばれている。

 『フロアガーダー』は、それらのボスを束ねる各階のボスのことだ。


 多くの兵士たちを、自然災害のように葬ってきたダマスカスライム。

 鈍色の死神ともいえる恐るべき存在を、従える者……!


 死神の上司に見られていると思うだけで、僕の足は自然と震えだす。

 しかしエイトさんは、ガキ大将のように人さし指で鼻をこすっていた。


「なんだ、ただの中ボスかよ。もったいつけた割りにはクソザコじゃねぇか。この国の裏側までブッ飛ばしてやっから出てきやがれ!」


『慌てんなって言ってるだろぉ、野良犬よぉ。せっかく俺様のホームパーティに来たんだから、玄関先で突っ立ってねぇで、中に入ったらどぉだぁ? それとも怖じ気づいて、負け犬みてぇに……』


「へっ、誰がテメェみてぇなクソザコにビビるかよ!」


『そうかなぁ? そこにいるおチビちゃんはガクブルみたいだけどなぁ?』


 みんなの視線が僕に集中する。


「だ……大丈夫……ですっ……! 僕は、なんとも……!」


 僕は作り笑顔を返したけど、ヒザまで余計に笑っていた。

 もう腹をくくったはずなのに、震えが止らない。

 なぜかはわからないけどユーベラのあの声を聴くと、胃がキュッと締まって胃液がこみあげてきて、ひとりでに足が震え出すんだ。


 だけどここで逃げ出すわけにはいかないと、僕は意地でも歩きだす。

 しかし、生まれたての子鹿みたいに足取りはおぼつかない。

 ママリアさんは引き返すように提案してくれたけど、どうしても行きたいと頼んだら、ママリアさんは僕を介添えするようにいっしょになって歩いてくれた。


 僕らはゆっくりと、部屋の奥へと進んでいく。

 先日、ダマスカスライムを倒して現われたその空間は無限とも思えるほどにどこまども続いており、歩いても歩いても果ては見えない。


 振り返っても、もう出口への廊下は見えなくなっている。

 道はまっすぐに続いているので迷うことはない、でも僕らは砂漠のなかをさまよっているかのような徒労感を感じていた。

 そしてまた、あの・・声がした。


『虫けらをただ見てるだけじゃつまんねぇなぁ。んじゃ、そろそろ「ウェルカムドリンク」でもごちそうしてやろうか』


 僕以外の全員が立ち止まる。

 エイトさんは背中にXの字状に差していた双剣を、両手をクロスして抜き去った。

 さらには両足のブーツのカカトから、さらにもうひとつの双剣をジャキンと伸ばす。


「……来るぞ……!」


 他のみんなも戦闘態勢に入っていた。

 モンスターが来るの? でも、前を見ても後ろを見てもそれらしき姿は見えないんだけど……?

 本当に来るのかと半信半疑だったけど、僕もいちおう身構えて……。


 ……ぞうっ!


 僕の背筋が震えたのかと錯覚する。

 しかしそれは無数のモンスターが立てた、たったひとつの足音。

 気づくと僕らの全方位を、おびただしい数のモンスター軍団が取り囲んでいた。


 しかもその顔ぶれがヤバすぎる。

 デーモンや魔人、レッドドラゴンやダークフェニックスなどの、本来ならば単体で待ち構えているような大ボスクラスのモンスターが勢揃い。

 僕が生で見たモンスターの強さランキング、かってその1位の座にいたレッサーコモンドラゴンを100位、いや、1000位はランクダウンさせるであろう強敵ばかりだった。

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