31 ウエルカムドリンク2

31 ウエルカムドリンク2


 震えを思いだしていた僕のとなりで、エイトさんは「チッ」と舌打ち。

 他の仲間たちもあきらかに不服そうな顔をしている。

 世界最強ギルドの面々でも、さすがにこれだけのモンスターを前にすると臆さざるをえないのだろう。

 みんなも普通の人間だったんだと奇妙な安心感を抱いた矢先、いくつものため息が吐き出された。


「なんだこのクソどもは!? マジでクソザコばっかじゃねぇか! これなら、ケツふく紙のほうがよっぽど手強いぜ!」


「こう言っちゃなんだけど、本当に紙切れ以下だねっ。もっとヤリがいのあるのはいないの?」


「守りがいもない。守る必要もない」


「エイトさん、シトラスさん、レインさん! いくら数え切れないほどやっつけてきたモンスターさんだからといって、油断は禁物ですよ!」


 ママリアさんだけは優等生のように真面目にモンスターたちと対峙していた。

 でもエイトさんもシトラスさんもレインさんも、掃除をサボる男子みたいにだらけている。


「ママリアってばそう言うけどさぁ、こんなヤツら、ダマスカス鋼の武器の試し斬りにもならないよ。招かれた手前、シャンパンの栓だけは開けさせてもらうけど」


 シトラスさんはやれやれといった愛想笑いを浮かべながら、つま先立ちになってクルリとその場で回る。

 僕のそばには影のように寄り添うレインさんがいて、「伏せて」と僕の頭を押す。


「……ねっ!」


 シトラスさんの口癖とともにフリンジのリボンが放射状に伸び、旋円を描きながら僕の頭上をかすめていった。

 僕は風しか感じなかったんだけど、頭頂部の毛がハラリと落ちてきたのを見て、それが攻撃だったというのを知る。

 しゃがみこんだままあたりを見回すと、包囲網の最前線にいたモンスターの頭がなくなっていた。

 それも1匹や2匹じゃなくて、見渡すかぎりに首なしモンスターが立ち尽くしている。

 まるで手品みたいな光景だったけど、意外にもタネはすぐにわかった。

 視線をあげてすぐに、大ボスたちの生首と視線がぶつかったから。

 誰もが斬首されたことに気づいておらず、あざ笑うような表情を浮かべたままだった。

 冒険者を笑いながら葬るという彼らが、笑いながら葬られていた。

 それどころか、冒険者にまでケラケラと笑われる始末。


「安シャンパンは、こうやって派手にまき散らすに限るよねっ」


 大ボスたちは断末魔すらなく、首から下は溶けるようにして床に吸収され、空中にある首は黒煙となって天井に消えていく。

 僕は「す……すご……!」と思ったけど、それが言葉となることはなかった。

 だって、さらなる衝撃的な光景を目の当たりにしていたから。


「……連弾の鼓動! グリッサード・クラッシュっ!!」


 ……ドクンッ……!


「もしもピアノが弾けたなら、まずはテメェを轢き殺すっ!!」


 エイトさんの姿はすでにない。残響のような言葉と、陽炎だけがそこにあった。

 間を置かず、僕らを包囲していたモンスターたちが爆ぜるように吹き飛んだ。


 モンスターのほとんどは歩くだけで大地を揺るがすような大型タイプなのに、いまは軽々と宙を舞っている。

 まるでピアノ奏者が鍵盤の上で指を滑らせる奏法を披露した際、ぐうぜん鍵盤にいたアリたちがリズミカルに吹っ飛んでいくかのような有様だった。


 軍勢の一角が、割れた海のようにぽっかりと空く。

 その先には、羊の群れを斬り抜けた牙狼のごときエイトさんの背中が。


 もはや、芸術的ですらある暴力だった。

 僕はこの気持ちをどう表現していいのかわからず、口をぽかんと開け放つばかり。

 いま目の間で起こっていることは、なにもかもが常識を外れすぎている。

 世間一般なら地獄の軍団と呼ばれるほどの勢力を、草でも刈り取るみたいにあっさり倒しちゃうなんて。


 僕なんか、この中にいるモンスターのいちばん弱いヤツの鼻息を浴びただけであの世行きなのに……。

 なんて自虐している間に、レッドドラゴンの群れが僕らに向けて大きく息を吸っていた。

 地獄の釜が吹きこぼれるみたいに、口の端からは紅蓮の炎が噴き出している。

 現実には絶対にありえないその光景に、僕は不思議と冷静な突っ込みをしていた。


 ……ああいうのって普通、どんなに多くても1匹じゃないの?

 レッドドラゴンはドラゴンの王様って呼ばれてるほどに強くて孤高のモンスターだし、たった1匹で人間の王都を半壊させるくらいヤバいって聞いたんだけど。

 それがこんな、ゴブリンの弓兵みたいに横一列に並んで攻撃してくるなんてありえない……よね?


 僕の感覚はすっかりマヒしてしまったのか、泰然と立ち尽くしていた。

 どのみちこれだけのレッドドラゴンに炎を吐きかけられたら、この世のどこにも逃げ場なんてない。

 これはあきらめるとかそういうんじゃなくて、動かしようのない事実なんだ。

 この状況は終末と呼ぶにふさわしいものなのに、レインさんは動いていた。

 僕はレインさんがなにをしようとしているのかを察し、ハッとなって叫ぶ。


「レインさん、ダイヤモンドシールドは……!」


「わかってる。石巌の鼓動……ダマスカスシールド」


 ……ドクンッ!


 日常の出来事であるかのように、心臓は静かに脈打つ。

 その鼓動に合わせるように、磨き上げられた黒鉄のような物体が鷹揚と僕らを覆った。

 間髪入れず、レッドドラゴンの口から放たれた爆炎が濁流のように押し寄せてくる。

 僕は「うわあっ!?」とのけぞってしまったけど、熱くもなんともない。

 炎はすべて魔術の盾でシャットアウト、行き場を失った炎は寄せては返す荒波のようにモンスターたちの群れに覆いかぶさった。

 あちこちで火の手があがりはじめ、炎に弱いモンスターはそれだけで霧散している。

 レッドドラゴンのブレスが終わると、レインさんは通り雨でも過ぎたかのようにダマスカスシールドの傘を収めた。

 目を白黒させているレッドドラゴンの群れに向かって、灰色の瞳でつぶやく。


「石巌の鼓動……ダイヤモンドシュート」


 ……ドクンッ!


 御影石に触れたときのような、ひんやりした空気があたりに広がる。

 レインさんの周囲に白い霧が出現、その霧が氷結するように集まっていき結晶の矢ができあがる。

 たて続けに撃ち放たれたそれは純白の曳光を残し、白刃のごとき光の束となってレッドドラゴンに向かっていった。

 並の剣では傷ひとつ付けられないはずのウロコ、強靱な筋肉に覆われた身体、強固な竜骨をやすやすと貫通していく。

 撃ち抜かれたレッドドラゴンたちは、ダイヤモンドのナイフでめった刺しされたようにズタボロになり、ほどなく肉塊となった。

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