27 作戦会議1-1

27 作戦会議1-1


 僕は正式に、クリアスカイの一員となる。

 昼食時にギルドメンバーが食堂に集まっていたので、ついでだからと僕の紹介になった。

 椅子をステージがわりにして挨拶をしていると、帰ってきたばかりのようなロートルフさんが顔を出す。


「昼食が終わったら、冒険者は会議室のほうに集まってもらえますか?」


 そのとき食堂にいた冒険者は、僕のほかにはエイトさん、シトラスさん、レインさん、ママリアさんの4人だけだった。

 所属している冒険者は他にも大勢いるらしいんだけど、いまはフォールンランドの各地でクエストの真っ最中で、終わり次第ここに戻ってくることになっているらしい。

 というわけで僕を含めた5人はだだっ広い会議室に移動したんだけど、エイトさんがさっそく文句を垂れていた。


「おいロートルフ、俺様は昼メシの後に腹ごなしに出るところだったんだ。そのクソみてぇな口からクソを垂れ流したいならさっさとしやがれ」


 僕はエイトさんのコミュニケーション殺法にはもう慣れたつもりでいたんだけど、この時ばかりはさすがに度肝を抜かれてしまった。

 上司にこんなストロングな態度を取る部下は、世界広しといえでもこの人くらいだろう。

 ロートルフさんのほうは怒るどころか、反抗期の息子を気づかうダメオヤジのような表情になっていた。


「アウトゾンデルックに行くんですよね? あの、私はギルドメンバーのやることはあまり口を挟まない主義なんですけど、アウトゾンデルックに挑むなら、もっと準備を整えてからのほうが……」


「抜かしやがれ、テメェがいつまで経っても動き出せねぇから俺様が動いてやったんだろうが」


「いや、私は他のメンバーが戻ってくるのを待って、レイドを組んでから行ったほうがよいと言っていたでしょう」


 冒険者は安全確保のため、数人で徒党を組んで冒険をするのだが、それを『パーティ』という。

 パーティが複数集まったのが『レイド』で、ようはパーティの大規模なもの。

 軍隊でいうなら連隊のようなものだろうか。

 ギルドでアウトゾンデルックに挑むならレイドは必須だと思うのだが、エイトさんは違うようだった。


「なにが、戻ってくるのを待ってレイドだ! たった一週間しかねぇんだぞ! チンタラしてたら間に合わねぇだろうが!」


「それはもっともなんですけど、最初のルームはダマスカスライムを倒さないと先に進めないどころか、外にも出られなかったんですよ?」


 ロートルフさんは肝を冷やしたような表情で僕を見やる。


「聞けば、乗り込んでみたはいいものの、まったく歯が立たなかったそうじゃないですか。ボンドくんがいなかったら、どうなってたことか……」


「すみません、ロートルフさん。勝手なことをしてしまって……」


 ママリアさんは申し訳なさそうにしていたけど、シトラスさんは両手を頭の後ろに組んで飄々としていた。


「ママリアってば謝ることはないと思うけどなぁ、悪いのはチェリーボーイみたいにガッついたエイトなんだし。避妊方法も用意せずに突っ込むなんてケダモノみたいだよ、ねっ」


 それを言うなら『避難方法』だと思うんだけど、僕が入る前のパーティの問題だったので、口を挟まずにおく。


「クソがっ、俺のせいだってのかよ!? テメェらがノコノコついてきやがったんじゃねーか!」


「キミだけを行かせたら、速攻で死んでいた」


 レインさんの容赦ないツッコミが炸裂。


「なんだとこのクソ石ころ野郎! いますぐ墓石にしてやろうか!?」


「誤解しないで、俺はキミを守りたかった」


 その言葉は文言こそ情熱的だったけど、言い方はボソボソしていて、かつレインさんは無表情だった。

 エイトさんは調子を狂わされ、そのスキにロートルフさんは話題を変える。


「なんにしても、行くのを止めるつもりはありませんよ。ただその前に、この先のルームの情報を少しでも持っていってください。そのほうが生存率が上がるでしょうから」


 その意見には反対する者がいなかったので、ロートルフさんは背後にあった黒板に走り書きした。


「アウトゾンデルックのフロアの各ルームは、人体を模した名前が与えられています」


 チョークで『フロア1 ルーム1 ラビア(唇)』と書くロートルフさん。

 シトラスさんは「へぇ」と興味深そうに相槌を打つ。


「ルーム1が唇ってのは知ってたけど、いま思えばダマスカスライムが唇だったってわけだねっ。鉛色の唇なんてオシャレじゃん」


 続いて黒板には『フロア1 ルーム2 デンテス(歯)』と書かれた。


「次のルームは歯です。歯を模した吊り天井があり、その吊り天井を止めるための巨大な舵があります。これは書物などにも記されていますから、皆さんご存じですよね?」


 こくり、と頷き返す僕たち。


「問題は、その巨大な舵です。舵を動かすためには力自慢の兵士が最低でも100人は必要だそうです」


 「なら俺様ひとりで楽勝じゃねぇか」とエイトさん。


「そうかもしれませんねぇ。でも私としては、吊り天井を作動させない方向での攻略をオススメします」


 「そんなことが可能なんですか?」とママリアさん。


「ええ。私が集めた情報によると、吊り天井は罠によって作動するそうです。その罠にさえ引っかからなければ、おそらく労せずしてクリアできるんじゃないかと思っています」


 「そっちのほうがラクチンチンでいいじゃん。で、どんな罠なの?」とシトラスさん。


「そこまではわかりません。なんとかして聞きだそうとしたんですけどねぇ、お偉方は口が硬くって」


 アウトゾンデルックはフロア1のルーム3の途中までは攻略されているので、それまでになにがあるのかは世界中の人たちが知っていた。

 しかしそれらはうわべの情報のみで、各ルームの中が具体的にどうなっているかは、どの国でも国家機密として扱われている。

 アウトゾンデルックの中で見たものや手に入れたものはワールドウエイトへの報告義務があるのだが、ワールドウエイトも集めた情報をいっさい公開していない。


「情報共有をしたほうが、攻略もはかどると思うんですけど……どうしてみなさん秘密にされているのでしょうか?」


 ママリアさんのその意見に僕も大いに頷いたところ、シトラスさんが鼻で笑った。


「ふふっ、ふたりともピュアピュアだねっ。アウトゾンデルックの攻略はいまや国の威信をかけた一大事業だよ? ランキングのトップの国は強国と呼ばれるし、商業も栄えてより豊かになるんだ。教えるわけないじゃん」


「そんな、自分たちの利益を優先したいがために、協力しあわないんだなんて……」


 心を痛めたように胸を押えるママリアさん。

 エイトさんは苛立ったように拳を打ち鳴らしている。


「偉いヤツはみんなクソだ! で、ロートルフ、話ってこれだけじゃねぇよなぁ!? もしそうだったら、テメェもいますぐクソの仲間入りさせんぞ!」

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