26 板挟みのロートルフ1-2

26 板挟みのロートルフ1-2


 アウトゾンデルックの踏破は世界の悲願であるが、攻略においてはワールドウエイトでの国際協定により、アウトゾンデルックが出現した土地の国王に一任され、他国は手出しできないことになっていた。


 アウトゾンデルックの攻略状況は、空に浮かんでいる光の文字で隣国からでも確認することができる。

 そのため各国のマスコミは攻略状況を記事として書き立て、国民の関心をあおった。

 そうなると当然、各国の王たちは国威発揚のパフォーマンスのためにアウトゾンデルックを利用するようになる。


 やがて、ダマスカスライムをいかに速く倒すかの討伐ランキングができあがっていく。

 これは、『世界軍事力ランキング』と言い換えて差し支えないものとなっていった。

 ランク入りを果たせば、時の王の名だけでなく、現地のリーダーの名前も歴史に残る。

 それまでの各国の将軍たちは、命惜しさに戦時でも城の司令室の椅子にふんぞり返って指示するだけの立場を貫いていたのだが、アウトゾンデルック相手には名誉欲しさにこぞって現地におもむいていた。


 現在、ダマスカスライムの討伐ランキングのベスト5は大国が占めている。

 もう何百年にも渡って破られてこなかったその偉大なる記録が、今回大幅に塗り替えられようとしていた。


 しかも、忌み地とされるフォールンランドの、たったひとつのギルドによって……!


 これは、これまでの世界の常識から考えて、絶対に許されることではない。

 フォールンランドはすべての記録において、ワースト1位でなくてはならないからだ。


 ワールドウエイトの最高幹部である老人たちは、各国の元老院のトップでもある。

 国王を陰から操れるほどの実力者で、誰も意見できないような超大物たちである。

 逆らう者は容赦なく処刑してきた彼らであったが、ロートルフの『気づかい』には唸らざるをえなかった。


「う……う~む。そうか……そういうことか……」


「今年のアウトゾンデルックは当たり年……すなわち例年に比べて攻略が容易だった……」


「それはフォールンランドをランキングから除外する、いい口実……。あ、いや、正統なる理由となりえるな……」


 「でしょ?」とロートルフ。


「ワールドウエイトの方々からその発表をされる前に、ギルド長である私から、記者たちに前フリをしておいたほうが良いかと思いまして……」


 実のところ、老人たちはどうやってフォールンランドの最短記録を取り消し、ランキングから引きずり下ろそうかと頭を悩ませていた。

 いくら世界中から嫌われている国とはいえ、記録の抹消にはそれ相応の理由がないとランキングの正当性を疑われかねない。

 先人たちが築き上げてきた偉大なる記憶に、自分たちの代でケチをつけさせるわけにはいかなかったのだ。

 そういう意味でも、ロートルフの提案はまさに渡りに船といえた。


 老人たちの怒りが消沈したタイミングを見計らって、ロートルフは切り出す。


「これで、私の遅刻の理由がおわかりいただけましたか?」


「そうか。そなたはこの手回しをしておったというわけか。そういうことならば、今回だけは処罰を免じてやろう」


「ありがとうございます」


 審問はロートルフにとって針のムシロとなるはずだったのに、いまや空飛ぶ魔法のじゅうたんに変わっていた。

 しかし彼の今回の用件は、これで終わりではない。


「遅刻の言い訳をするために学校に行くくらいなら、仮病で休んだほうがトクですからねぇ……」


「ん? なにか申したか?」


「いえ、なにも。ところで、この先のアウトゾンデルックの攻略なのですが……」


 すると、落ち着いていた老体たちがムチ打たれたような速さで激昂する。


「なに、攻略だと!? ふざけたことを申すでない!」


「本来ならば、そなたのギルドがダマスカスライムを期限いっぱいで倒して終わる手筈であったであろう!」


「ダマスカスライムを倒せずにギブアップした小国は数多くあるのだぞ! フォールンランドがこれ以上、アウトゾンデルックを攻略するなどあってはならん!」


「そんなこともわからんとは、処刑だ、処刑っ!」


「おやおや、そうですか。いますぐギブアップするのは簡単なことなんですけど……あまりオススメできませんよ?」


 ロートルフは老人たちの反応を待たずに言い切った。


「なぜならば、当たり年だと宣言している以上、この先もある程度の攻略がなされないと不自然だからです」


 アウトゾンデルックの攻略は、いまだ1フロアすらもなされていない。

 1ルーム目であるダマスカスライムを倒し、そのあとに続く2ルーム目で大半の国が脱落。

 ランキング上位の大国ですら、3ルーム目の途中でタイムアップを迎えていた。


「たったひとつのギルドがある程度のところまで到達しなくては、当たり年であることの証明にはならないと思いませんか?」


 おおかたの老人たちは納得していたが、いくつかの国の代表だけは引き下がらなかった。


「しかし……! 次のルームを攻略されては、我が国はフォールンランドより下ということになってしまう……!」


「我が国もそうだ! そうなっては、メンツがたたんではないか!」


「下になることはありません、この先のランクインすることがあってもすべて無効にしてしまえばよいのですから」


 ロートルフは「それに……」と溜めをつくる。


「フォールンランドがそれなりに攻略していることを世間に知らしめれば、これ以上……疑われずにすみますよ?」


 「疑われる、だと?」老人たちは眉をひそめる。

 ロートルフは気を利かせてぼかしたつもりだったが、通じていなかったのでストレートに告げる。


「魔王ですよ」


 老人たちはいつになく取り乱し、口の端から「なっ!?」と泡を吹いた。


「ロートルフ! 貴様、なにを申しておる!」


「魔王は人類の敵であるぞ! 我らが忖度しておるなど、あるはずがなかろう!」


「不敬罪で処刑だ! 処刑だぁーーーーっ!」


 いままで玉座のボタンに手を掛けていたのはひとりの老人だけだったが、この時ばかりは全員が一斉に動いていた。

 ロートルフは「おやおや」と慌てた装いで止めに入る。


「待ってください、私は『魔王』としか言っておりません。それに、忖度を疑ってもいません。一部の新聞が、そう書き立てているだけです」


 『魔王への忖度』。

 ワールドウエイトは表向きではアウトゾンデルックの攻略を掲げていながらも、裏では魔王と取引をしており、攻略が途中で失敗するように糸を引いているのではないか……。

 アウトゾンデルックのシーズンには、そんなゴシップが一部の新聞を飾る。


「そんなことがあるわけがないのは、私もよくわかっています。でも、どうでしょうか? たったの2日でダマスカスライムを倒したのに、それっきりでギブアップするというのは……あまりにも不自然ではないでしょうか?」


 あまりの正論に、老人たちはボタンを押そうとしていた手を止め、「ぐぅっ……!」と歯噛みをする。

 ロートルフはご機嫌を伺うような愛想笑いを浮かべた。


「ですので、ある程度の攻略はお目こぼしいただけませんかねぇ? あ、さじ加減のほうは、もちろん心得ておりますので……」


「ふん……三流新聞になんと書かれようとも、我らは痛くも痒くもないが……」


「最近は、火のないところにも煙が立つようになってきたし……」


「わかった、そういうことなら特別に攻略を許そう」


「ただし、報告を怠るでないぞ! そして協定をしっかりと守ること!」


「いや、そんなことよりも、肝に銘じておかなくてはならんことがあるはずだ!」


 ロートルフはうやうやしく頭を下げると、「心得ております」といわんばかりの上目を向けた。


「クリアスカイの攻略は、大失敗に終わる……。それも、後世に残るほどの不名誉を残して……ですよね?」

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