25 板挟みのロートルフ1-1

25 板挟みのロートルフ1-1


 クリアスカイの本拠地は、アウトゾンデルックにほど近い、エリシアル市街のはずれにある。

 ロートルフがミス・ケアレスに見送られながら屋敷を出ると、中庭にはワールドウエイトの旗をはためかせた馬車の集団と、大隊規模の武装兵たちが待ち構えていた。


「たった一匹のはぐれ狼のお出迎えに、ご苦労なことですね」


 馬車に乗せられたロートルフは、進軍のごとき軍勢に囲まれてエリシアルの大通りを進む。

 アウトゾンデルックが出現した近隣の街や村からは人がいなくなるのが普通であったが、それは他国での事情。

 最貧国であるフォールンランドの人々は、地獄の一丁目と二丁目になんの違いがあるとあきらめており、いつもと変わらぬ生活を送っていた。


 ロートルフを乗せた馬車はエリシアル市街を出て街道を進むと、道を外れてとある山に分け入る。

 山の頂上には野営地があり、そこでもワールドウエイトの兵士たちが大勢待ち構えていた。

 ロートルフは馬車を下ろされ、野営地の中でもひときわ大きなテントへと案内される。


 テントの中には魔法による大掛かりな転送装置が設えられており、機械仕掛けの魔法陣のようなその中に足を踏み入れると、ロートルフの身体はひとすじの光となって、テントの上にある避雷針から撃ち出された。


 光はフォールンランドの鉛色の空の下を飛び、アウトゾンデルックの戦況を示す光の掲示板を突き抜けていく。

 国を包囲しているダムのような壁をも越え、隣国のゲリピード王国の国境付近にある、野営テントの中へと落ちていった。


 テント内で光から実体へと戻ったロートルフに、全方位から槍が突きつけられる。


「忌み血め、貴様のような穢れた者がこの神聖なる地を踏みしめるなど、本来はあってはならんことなんだぞ」


 ロートルフの足元にはボロ布のようなものが敷かれていた。


「レッドカーペットならぬ、ダストカーペットというわけですか」


 ロートルフは黒い布を頭に被せられると、槍で追い立てられるようにしてテントを出た。

 絶対に太陽は見せぬとばかりに、窓に黒い紙が貼りめぐらされた馬車に乗せられる。

 まるで誘拐されているような状態で馬車に揺られたあと、下ろされたのは建物の中だった。


 窓ひとつない地下室のような場所だが、床や壁は大理石で高級感が漂っている。

 そこからさらに長い廊下を案内されて着いた先は、会議室のような大きな部屋だった。

 室内はダイヤモンドのシャンデリアや黄金の調度品でゴテゴテで飾られており、漂っていた高級感が一気に増して行きすぎた感じになる。

 それまで目隠しされていたロートルフにとっては、どこもまぶしくて直視できなかった。


 成金空間の中央には水晶の円卓、そのまわりを玉座のような大仰な椅子が囲んでいて、着飾った年寄りたちが着席している。

 審問台のようなものがあったので、自分の居場所はそこだろうと、ロートルフは黙って移動した。


 着くなり、老人のひとりが「遅いっ!」と円卓を叩いて怒鳴る。

 その怒りの腰を折るかのように、ロートルフは慇懃に頭を下げた。


「すいませんねぇ、記者たちが離してくれなかったんですよ」


 老人たちはまず、2日も呼び出しをすっぽかしたことについて糾弾するつもりであった。

 しかし自然と話題をそらされ、怒りの矛先は新聞へと向く。


「その件についても聞きたいことが山ほどある! この記事はなんだ!?」


 老人のひとりが背後を示すと、壁にあった巨大な水晶板に、ここ数日に発行された新聞の一面が映し出された。

 どの新聞も、アウトゾンデルックについてセンセーショナルな見出しを掲げている。


『クリアスカイ、アウトゾンデルックに挑む!』


『最初の難関、ダマスカスライムをなんと2日で撃破!』


『世界記録を大幅に塗り替えたのは明らかに不正! どんな手口を使ったのか!?』


『さすが忌み地のギルド! ダーティなやり方で、世界初のフロアクリアを目指すのか!?』


 老人たちは口々にロートルフを責め立てた。


「貴様、なにを考えておる!」


「我らが貸し与えたダマスカス鋼の剣は最終日に用い、それでダマスカスライムを倒して終わりにする手筈であったであろう!」


「名誉ほしさに、我らを裏切ったな! 我らを裏切った者がどうなるか、知らんわけではなかろう!」


 老人のひとりが玉座にあったボタンに手を伸ばそうとしていたので、ロートルフは言葉を滑り込ませる。


「私は手筈どおりに行動しておりましたよ。ギルドメンバーには長期のクエストを言い渡していて、最終日に戻るように調整していました。ギルドには四名の冒険者しか残していなかったのですが、まさかたったの四名でアウトゾンデルックに挑むとは思わなかったんですよ」


 その言い分は、ギルド長としてギルド員を管理できていないと自白しているようなものだった。

 しかしそこに話が及ぶ前に、ロートルフは「あ、あとそれと」と付け加える。


「お借りしたダマスカスブレードは使ってません」


「なんだとぉ、ウソを申すでない!」


「いえ、ほんとなんですよ、ほら」


 ロートルフは持参していたダマスカスブレードを取り出す。

 金の刺繍が施された布包みは、防犯用の魔法封印が施されたままだった。

 それだけのことで、老人たちは血相を変えて立ち上がる。


「な……なんだとぉ!? ダマスカスブレードなしで、ダマスカスライムが倒せるわけが……!」


「い……いや、ウソだ! この男は、見え透いたウソをついておるぞ!」


「そうだ! 貴様はいま、借りたダマスカスブレードは使っていないと申したな!」


「ということは、我らのものとは別のダマスカス鋼の武器を手に入れ、それで討伐したのであろう!」


「つまらぬ言葉遊びをしおって! そんなもので、我らを騙せると思うたか!」


「やはりこの男は裏切り者だったのだ! いますぐに処刑すべきだ!」


 ロートルフは「そんなぁ」と情けない声を出す。


「そんなことできるわけないでしょう、みなさんもよくご存じではないですか。世界に数本しかないダマスカスの武器が動いたりしたら、みなさんの耳に入らないわけがないって」


「では、いかにしてダマスカスライムを倒した!?」


「ダマスカス鋼の武器なしで、などと申すつもりではなかろうな!?」


「そんなことは不可能だ! ウソつきは処刑すべきだ!」


「いえ、本当なんです。どうやらいままでのダマスカスライムに比べ、今回のは弱かったようで……。ダマスカス鋼の武器なしで倒せちゃったんですよねぇ」


 すると水晶板がパッと切り替わり、別の新聞の一面が映し出される。

 そこには『クリアスカイのギルド長、ロートルフに独占インタビュー! 今年のアウトゾンデルックは千年にいちどの当たり年!』とあった。


「ならば、これはどう釈明するつもりだ!?」


「アウトゾンデルックで得た情報は、我らの承認を得たうえで記者に公開しろと、あれほど厳命しておいたではないか!」


「おやおや、そうでしたか。すいません、私としては気を使ったつもりだったんですが……」


「ふん、なにが気を使っただ! なにが当たり年だ! ワインじゃあるまいし!」


「でも、よく考えてみてください。いままでのダマスカスライムは、ダマスカス鋼の武器を用い、そして軍隊を動員して、さらに何日も持久戦をして、やっとのことで倒せていた相手ではありませんか」


 噛んで含めるように言うロートルフ。

 「処刑! 処刑!」と喚く老人を無視し、さらに続ける。


「それを今回はダマスカス鋼の武器なしで、人員は数人の冒険者でした。それだけなのに2日ちょっとで倒せちゃったんですよ? ダマスカスライムが弱体化してると考えるほうが自然ではないですか?」


 ロートルフは、ここが重要だといわんばかりに一拍おいた。


「真偽のほどはともかく……そう言っておいたほうが、大国の方々が保持している記録にも傷が付かないと思いまして」

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