21 痛み分けの石

21 痛み分けの石


 それから小一時間後、僕は寸胴いっぱいのトマトスープを完成させる。

 ママリアさんは結婚式のパーティにも出せそうなほどの豪華なデコレーションケーキを作りあげていた。


 それらを、すでに作ってある料理といっしょにワゴンの上に乗せて武器工房へと運ぶ。

 ママリアさんは育ちがいいのか、いきなり扉を開けたりせずにきちんとノックしていた。

 しかし、工房内からはなんの反応もない。


 無理もないだろう。僕が工房を出てくる時、職人はみんなへばっていた。

 誰もノックに応対する余裕がないんだろう……なんて思っていたら、


「お疲れ様です、ママリアです。差し入れをお持ちいたしました」


 その一言だけで、扉の向こうからどどっと足音が押し寄せてくる。

 破られんばかりに扉が開かれると、工房じゅうの職人たちが押し合いへし合いしていた。

 誰もがママリアさんに挨拶しようと、我先にと顔をはみ出させてくる。


「ま……ママリアさん、こんにちは!」


「バカ! いまならこんばんはだろうが! こんばんは、ママリアさん!」


「いつもおきれいですね! 女神像が歩きだしたのかと思っちゃいましたよ!」


「うわぁ、まぶしい、後光がまぶしいですーっ!」


 どうやらママリアさんは武器工房のアイドル的存在のようだった。

 職人たちはすっかりデレデレで、ママリアさんはクスクス笑っている。


「うふふ、みなさん遅くまでお仕事お疲れ様です。ボンドさんといっしょに作った差し入れをお持ちいたしました」


「か、感激だぁ! ママリアさんの手料理が食べられるなんて!」


「どうぞどうぞ、むさ苦しいところですけど入ってください!」


「あっ、ワゴンはお持ちします! 我らがママリアさんに、給仕なんてさせられません!」


 ママリアさんは大歓迎を受けつつ武器工房の中に入っていく。

 僕はママリアさんのすごさを改めて思い知りながら、そのあとに続いた。


 工房内にはパジャマ姿のシトラスさんとレインさんがいた。

 レインさんは部屋の片隅で、小分けに加工されたダマスカス鋼を選別する作業をしている。


 鍛冶で使う鉱石は、同じ種類ならどれでも良いというわけじゃない。

 外観から不純物などの含有量を見極め、使う部位を分けたほうがさらに良いものができるという。

 特に細身の剣などは、不純物の多い鉱石を使って作ると折れやすくなってしまうそうだ。

 鉱石の選別は一流の職人でも大変のはずなんだけど、レインさんは難なくやってのけているように見える。


 ワゴンの差し入れにひと足早く手を伸ばしていた親方が、両手のサンドイッチを交互に食らいながら教えてくれた。


「レインの小僧は石っころが好きみたいだ。たまにふらりとやって来ちゃあ、ああやって勝手にやりやがるんだ。目利きは確かだから放っといてるんだけどな」


 親方の言うとおりなのか、レインさんは時たま鉱石を部屋の明かりにかざしてぼんやりと見つめている。

 それがレインさん的には特にいい鉱石のようなんだけど、傍から見ているぶんにはぜんぶ同じ石にしか見えない。

 僕はなんとなく気になったので、声をかけてみた。


「石って、どうやって見分けるものなんですか?」


 レインさんは石選びの手を止めずに答える。


「見分けてるんじゃないよ、聴いてるんだ」


「聴く……?」


「石は動物や草花みたいに表情豊かじゃない。だけど心の声は誰よりもおしゃべりなんだ」


 レインさんはペットのハムスターを巣に戻すような手つきで、持っていた石を『心鉄』とペイントされた木箱に移した。


「この石も、どの箱に入りたいかを叫んでた。俺はその声を聴いてるだけだよ」


 動物と対話できる鼓動があるから、石の声が聴ける鼓動があっても不思議じゃないのかも。


「レインさんは、意志・・を理解できるんですね」


 するとレインさんはぷいっとそっぽを向いてしまった。

 僕は意図せずダジャレを言ってしまったことに気づき、そんなつもりじゃなかったと取り繕う。

 しかし何事もなかったかのように振り向いたレインさんは、僕に石を差し出していた。


「この石は、キミのところに行きたがっている」


 それは、ただの石ころだった。

 受け取って眺め回してみても、そのへんに転がっていそうな石にしか見えない。


「これは……?」


「それは『痛み分けの石』といって、その石を持つ者と俺で、ダメージを共有する効果がある」


 何の変哲もない石に、とんでもない効果が秘められていた。

 レインさんは僕の驚きを不安と勘違いしたのか、淡々と付け加える。


「心配はいらない。その石は持っているだけでは効果を発揮しないから。俺が使うという意思を持って初めて、その石の効果が現われる。キミがダメージを受けそうなときだけ使うようにする」


「え、でも……」


「これから先、アウトゾンデルックを攻略するのに必要だと思う。だから、持っていてほしい」


 僕は二重の意味で困惑する。


 アウトゾンデルックでのダメージは僕にとってすべて即死クラスだ。

 レインさんはそれを知っていて、僕を守るためにこの石をくれたに違いない。

 ダマスカスライムと戦っている時もそうだったけど、昨日会ったばかりの僕を、どうしてそこまでして守ってくれるんだろう……。


 それに、僕はレインさんのパーティメンバーじゃない。

 鍛冶の手伝いが終わったら、ひとりでアウトゾンデルックに行くつもりだ。

 だから、この石は……。


「あの、せっかくですけどレインさん、この石は……」


 「お返しします」と口に出しかけたところで、僕の身体は強い力で後ろに引っ張られる。


「わおっ!?」


 いつのまにか僕の腰にはリボンが巻き付いていて、部屋の隅で木箱に腰掛けているシトラスさんの元まで引き寄せられていた。


「い、いきなりなにを……!?」


 僕は抗議しようとしたけど、シトラスさんのウインクひとつで言葉を飲み込んでしまう。

 だって、その瞼はアイシャドウが引かれていて、花びらみたいにキレイでドキリとしてしまったから。


 初めて見た時は気づかなかったけど、よく見たらシトラスさんはアイシャドウだけじゃなくてチークやルージュもしている。

 さらに白銀の髪をかき上げると、チャラチャラと音がしてピアスだらけの耳が現われた。


 メイクやピアスは女の人がするものだと思っていた僕は、ちょっとしたカルチャーショックを受けてしまう。

 固まっていると、「ん? どったの?」と尋ねてくるシトラスさん。


「あっ、い、いえ……なんでも……。あの、ところで、僕になにか用ですか?」


「別になんにも。寝てるのもいい加減飽きたからさぁ、ダマスカス鋼ってのを見にきたんだよねっ。ダマスカスライムからゲットした時はロクに見てなかったからさ。でもさ、ただの石っころじゃん。幻の魔法金属っていうから、もっとセクシーなのかと思ってたんだけどな~っ」


 退屈そうな子供みたいに、木箱の上で足をぱたぱたさせるシトラスさん。


「まあ、鉱石ですしね」


「あ~あ、これなら酒場のほうがよっぽど楽しいよ……。あ、そうそうボンドってば、俺の服を探してきてくんない? 服を隠されちゃって、外に出らんないんだよね」


「えっ、服を隠された? それってちょっとした監禁じゃないですか、誰がそんなことを?」


 シトラスさんはそれまでお気楽ムードを醸し出していたのに、急に悲しそうに目を伏せた。


「エイトのヤツさ」


「エイトさんが……!?」


 エイトさんとは知り合って間もないけど、そんな陰湿なことをする人には見えなかった。

 というか監禁するなら服を隠すなんて生ぬるいことじゃなくて、ベッドに鎖で繋ぐくらい平気でしそうな気がするんだけど。

 人ってのは、見かけによらないんだなぁ……。


 なんの前触れもなく工房の裏口の扉がどばーんと吹き飛び、冷たい風が流れ込んでくる。

 何事かと思って見ると、そこにはハイキックのポーズをキメるエイトさんがいた。

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