20 ママリアの想い
20 ママリアの想い
それから僕とママリアさんは、手分けして追加メニューを作ることにした。
僕がスープで、ママリアさんがスイーツ。
雨粒が窓を打つ音をBGMに、野菜をトントン鍋がコトコト煮立つ。
僕の隣では、泡立て器がシャカシャカと小気味いい音をたてている。
意外なことに、ママリアさんは魔術を使って調理をしていた。
チョコレートを溶かしたりするのに湯煎したりせず、魔術を使って一瞬でやってのけている。
それはまぎれもない、プロのコックとかが使う本格的な調理魔術。
ママリアさんは聖女なのに、けっこうなレベルの魔術も扱えるようだった。
やっぱり、僕なんかよりママリアさんのほうがずっとすごいや。
しかも調理している姿はとても絵になっていて、一枚の絵画のよう。
やがて僕は当然のように、ある疑問に行き当たった。
「あの……ママリアさんはどうして、アウトゾンデルックに……?」
前人未踏のアウトゾンデルックは、いつ死んでもおかしくない場所。
そんな所に自らすすんで行く人は、強い使命感を帯びている人か、もうなにも失うものがない人くらいだ。
ママリアさんは身も心もこんなに美しい聖女のなかの聖女、そのうえ魔術まで使えるのであれば、他国の王族から引く手数多に違いない。
その気になればフォールンランドからの脱出も簡単なはずなのに、なぜ……。
そう考えたところで、僕の脳裏に親方の言葉がよぎった。
『そうだ、だからみんな命懸けでアウトゾンデルックに挑もうとしてるんだろうが。自分の、そしてみんなの大事なヤツを助けるために』
「もしかしてママリアさんも、アウトゾンデルックに……?」
ママリアさんは魔術でホイップクリームをかき混ぜていた。
「はい、大切な方がいます」
その持って回ったような言葉は、鉛のように僕の心にズドンとのしかかる。
い……いや、待て、いったん落ち着こう。
なにも、恋人と決まったわけじゃないじゃないか。
家族かもしれないし、親方みたいに愛犬かもしれない。
聖女なママリアさんなら、ペットも人と同様に扱っていてもおかしくないだろう。
慌てる必要なんてないのに、僕は「そ、そうですか」と絞り出すだけで精一杯だった。
「わたし、ママになりたいんです」
非情なる現実という名の鉛が追加でのしかかり、心が軋む音が聞こえた気がした。
い……いや、待て、いったん落ち着こう。
だって、当たり前のことじゃないか。
ママリアさんほどの綺麗な人に、恋人がいないなんてありえないだろう。
それにたとえいなかったとしても、僕なんかにチャンスがあるわけないのに。
なのに……なのになんで、こんなに胸が締め付けられるんだろう……。
ずーんと沈んでいく僕とは対照的に、ママリアさんの声は弾んでいた。
「ママってすごいと思いませんか? パパはお家にいる時だけパパですけど、ママはずっとママなんですよ。ママだけは永遠なんです。それに、どんなに偉い王様も、どんなに強い勇者様でも、ママのお腹で大きくなって、いちばん最初に見るのはかならずママのお顔なんて、すごすぎますよね」
ママリアさんはママというものに並々ならぬ憧れがあるようで、ママの話題となると饒舌だった。
でも僕は正直、それのなにがすごいのかわからなかった。
「そんなもんですかね……。僕は母親がいなかったので、よくわかりません……」
するとママリアさんは長い髪が渦を巻くほどの勢いで振り返り、僕を見る。
その表情は、この世の終わりかと思うほどに青ざめていた。
「そ……そうなんですか……? ご、ごめんなさい、わたしったら……」
「あっ、気にしないでください。物心つく頃にはもういなかったので、いなくて悲しいとかそういう感情はないんです。ただ、いたらいいなと思うことは何度もありましたけど……」
しゅばっと音がしたかと思うと、ママリアさんの顔が頬にくっつくくらいの間近にあった。
僕の全身を花の嵐のような香りが、僕の腕を無限の柔らかさが包み込んでいる。
包丁をもつ僕の手を、白魚のような指でギュッと握り閉めている。
耳元に、甘やかな吐息がかかった。
「でしたら……わたしがボンドさんの、ママになります……!」
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
僕は思わずひっくり返りそうになっていたけど、ママリアさんはそれすらも許さないほどににじり寄ってくる。
「お願いです、わたしをママにしてください!」
吸い込まれそうな瞳と甘い匂い、さらさらの髪が頬に触れる。
どこもかしこも柔らかい感触に、僕はクラクラしてしまった。
「そ……そんなこと、いきなり言われても……!」
「ダメですか!? どうかお願いします! わたしの夢を叶えさせてくださいっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! いったん離れてください! 落ち着いて……!」
「いいえ、離れません! だって、ボンドさんのママになるのがわたしの夢なんです!」
とうとう夢とまで言いだした。
ママリアさんの瞳は恋する乙女のように輝き、僕だけを映していた。
「ずっと、夢だったんです! エイトさんやシトラスさんやレインさん、親方さんや職人さんたち、そしてロートルフさんやミス・ケアレスさん……! みなさんのママになるのが……!」
最高潮まで達していた僕のドギマギは、ウソのようにおさまる。
ママリアさんの言うママは、ギルドのおかみさんのことだった。
「あっ……そ……そっすか……そういうことなら、いいっすよ……」
了承すると、僕の身体から熱を帯びた身体が離れていく。
ママリアさんは「よかったぁ……!」と心底嬉しそうに胸をなで下ろしている。
僕もホッとしたというか、ちょっぴり残念な気もしたけど……ママリアさんが喜んでくれたのならよかった。
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