22 エイトの指輪
22 エイトの指輪
「クソがっ! ざっけんなよ、このクソフリンジがっ!」
裏庭は滝のような大雨で、エイトさんはずぶ濡れのままずかずかと工房の中に入ってくる。
いつもは逆立っている髪は濡れているせいですっかりしおれていて、垂れた前髪で目が隠れるほどだったけど、頭頂部にある犬耳みたいなところだけはピーンと立っていた。
「ぜんぶ聞こえてやがったぞ! 俺様がいないと思って、テキトーなこと抜かしやがるとぶちのめすぞ! テメェが抜け出して遊び歩くもんだから、完治するまで服を隠されるようになったんだろうが! おかげでこっちまでとばっちりを受けちまったじゃねぇか!」
うつむかせていた顔をあげたシトラスさんは、ピアスをした蛇のような舌をテヘペロと出す。
「相変わらず地獄耳だねぇ、っていうかまた雨殴ってたの?」
「クソ雨野郎どもが俺様に断わりもなく降りやがったから、思い知らせてやったんだ! 言っとくが、ヤツからは一発ももらっちゃいねぇからな! 濡れてるのはぜんぶ俺様の汗だっ!」
雨を避けるなんて、そんなバカな……と思ったけど、エイトさんならできそうな気がする。
しかしシトラスさんはバッサリだった。
「うーん、どっちにしても、空気に向かって腰振るくらい意味ないコトだと思うんだけど、ねっ」
僕ごときでは……いや、常人ではとうてい理解できない会話が繰り広げられている。
しかしまわりにいる人たちにとっては日常茶飯事なのか、ふたりの会話にまったく興味を示さない。
ママリアさんはエイトさんの身体をタオルで拭きはじめ、職人さんたちは吹き飛んだ扉をさっそく直そうとしていた。
「クソフリンジ野郎、雨の次はテメェの番だからな! コイツを食ったら腹ごなしにぶちのめしてやっから、覚悟しやがれ!」
エイトさんはシトラスさんを名指しで挑発しながらワゴンへと向かう。
手当たり次第にサンドイッチを口に詰め込んで、欲張りなリスみたいに頬を膨らませていた。
シトラスさんは肩をすくめながら、また僕にウインクする。
「エイトってばからかうと面白いよねっ」
シトラスさんは言ったそばからパジャマの袖のフリンジをムチのようにしならせ、ワゴンへと伸ばしていた。
エイトさんが取ろうとしていたサンドイッチを絡め取り、手元に引き寄せる。
「そんじゃ、俺もごちになりま~す」
いたずらっ子のような笑顔とともに、サンドイッチにパクつくシトラスさん。
「て、テメェ! それは俺様が食うサンドイッチ……! こんの、ど腐れフリンジがぁーーーっ!」
エイトさん怒りはとうとう頂点に達したのか、暴れザルのようにシトラスさんに飛びかかっていく。
このふたりのケンカなんて、想像するだけでも恐ろしい。
でもまわりの職人さんたちはなおも無反応。親方ですら「うっせぇなぁ」としか言わない。
あの平和の象徴のようなママリアさんまでもが「おかわりどうですか~?」なんてスープを振る舞い続けている。
誰も止めようとしないので、僕が慌てて飛び出したんだけど、エイトさんは殴りかかるポーズのままで固まっていた。
「ぐぎぎ……!」と歯を食いしばるエイトさん。
振り上げられたままの拳、凶悪さの象徴のようなシルバーリングはカマドの炎を反射してメラメラと輝いていた。
まるで、エイトさんの憤怒ともどかしさを代弁しているかのように。
いったいなにが起ったのかわからなくて戸惑う僕。
シトラスさんは口の端についたケチャップを舐め取りながら教えてくれた。
「あのリングの効果で、ギルドのメンバーと、この屋敷内にいる人は攻撃できないの」
どうやらエイトさんのしている指輪はマジックアイテムらしい。
なんでそんなものをしているかはわからないけど、すすんで身に付けたものではなさそうだ。
呪いが解けて動けるようになったエイトさんは、「クソがぁーっ!」と真っ先に指輪を外そうとしている。
でも扉をひと蹴りで破壊するエイトさんのパワーを持ってしても外せないようで、「手首がはずれやがったぁーっ!?」となっていた。
シトラスさんは調子に乗って、「だからこうやってからかい放題なんだよねっ」とさらにチョッカイを出そうとしていたんだけど、
「……いたいのいたいの、とんでいけーっ!」
エイトさんの脱臼を治癒していたママリアさんの鼓動、そのバックファイアを顔面にまともに食らってしまい一発KOされていた。
「ああっ!? すみませんシトラスさん! わたしったらまた……!」
「はっはっはっはっは! ナイスだママリア! ざまぁみやがれクソフリンジ! 俺様に手を出すからそういう目に遭うんだよっ!」
目を回すシトラスさん、困り顔のママリアさん、バカ笑いするエイトさん。
目の前で繰り広げられるドタバタ劇に、僕は呆気に取られっぱなしだった。
親方は面倒くさそうに光る頭を掻いている。
「ったく、コイツらがくると、いっぺんにやかましくなっちまうな……」
しかしレインさんだけはマイペースを貫いていた。
部屋の隅でひとり、我関せずといった感じで石を眺め続けていた。
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