18 誰かがなんとかしてくれる
18 誰かがなんとかしてくれる
ステータスというのは同じ項目だったとしても、職業によって大きく意味が変わる。
戦闘において、戦士が剣を鋭く振るう力と、
非戦闘職ともなれば、その力がまったく異なるものであるのは言うまでもないだろう。
職人たちは『奪う力』ではなく、『作る力』を必要としているんだ。
だから僕はエンチャントに際しても、付与対象の職種やこれからやろうとしている事を見極めてからエンチャントするようにしている。
いま親方に掛けたのは、もちろん鍛冶に必要な筋力を上げるためのエンチャントだ。
ハンマーを握りしめるたくましい二の腕にホタルの光が吸い込まれると、親方の全身が溶鉄のようにカッと赤熱する。
「お、親方!?」「お、親方が真っ赤に!?」「お前、親方になにしやがったんだ!?」
慌てふためく職人たち。親方は燃えあがるように立ちあがった。
「か……身体が、火床みてぇに熱いっ……! 全身を、激しく擦られてるみてぇだっ! 焚きつけられるみたいに力が……! 力が湧いてくるぞっ! うぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
親方の鼻から水蒸気じみた熱い鼻息が吹き出し、湯気が数字となって浮かび上がる。
筋力 1423 ⇒ 2846
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
まわりで見ていた職人たちは騒然となる。
「にっ……2846っ!?」
「に、2倍じゃねぇか!? な、なんだこのエンチャント!?」
「こんなエンチャント、初めて見た……! で、でも、これなら、もしかしたら……!?」
職人たちの驚愕は期待に変わる。
親方は天井高く掲げたハンマーを、満を持すように振り下ろした。
部屋のなかに、打ち上げ花火が爆発したみたいな音とスパークが生まれる。
そのあまりの激しさに驚いて、僕や職人たちはひっくり返ってしまう。
親方は、また男泣きをしていた。
「み……見ろ……!」
瞳からあふれた涙がアゴを伝って落ち、じゅうっと蒸発。
そこにはなんと、空気が抜けたボールみたいにぐにゃりと変形した、ダマスカス鋼が……!
「や……やったぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
工房内は、職人たちの歓声でいっぱいになる。
「し、信じられない! 昨日から徹夜でやってもキズひとつ付けられなかったのに……!」
「それを、たったの一発で……! 夢でも見てるみたいだ!」
「でもこれなら加工できるぞ! 夢なら覚めないでくれぇーっ!」
親方はえぐえぐと僕を見ていた。
「ぼ……坊主……お前、名はなんていうんだ……?」
「ボンドです」と答えると、親方はグローブのような大きな手で頭をわしゃわしゃと撫でてくれた。
「あ……ありがとう、ありがとうな、ボンド……! お前は、ワシらの救世主だ……!」
「救世主だなんて、そんな大げさな」
「ボンドよぉ……! ワシらは仲間のために武器を作らなくちゃいけねぇんだ……! それも、大急ぎで……!」
そこから先は、言われなくてもわかった。
「武器が完成するまでエンチャントを続ければいいんですよね」
ちょっと寄り道するだけのつもりが、かなりの寄り道になってしまいそうだった。
だけど、困っている人がいるのに放っておくわけにはいかない。
「わかりました!」と了承すると、親方はニカッと笑う。
それが、仲間を想う最高の笑顔に見えたのは、僕の見間違いじゃないとすぐに確信できた。
親方はいつもの調子を取り戻したかのように、大声で職人たちを怒鳴りはじめる。
「おい野郎ども! 今夜も徹夜だ! 明日の朝までに、今度こそ最高の武器を仕上げるぞっ!」
「おおーっ!!」
職人たちは昨日も徹夜だったのに、元気いっぱい。
さっきまで絶望に満ちていた工房は、いまや希望に満ちあふれていた。
クリアスカイの武器工房の職人たちは、僕が知るグッドマックスの職人とはぜんぜん違う。
仲間のためを想って最高の武器を作り上げようとする、本物の職人だ。
だからいまならハッキリ言える。僕の判断は間違っていなかったんだ、と。
僕が損な役回りを自分からすすんで買って出ているのは、しょうがないからじゃない。
これこそが僕なんだ。
僕が
そのために僕ができることなら、なんだってしてあげたいんだ。
たとえ、回り道になったとしても。
そういえばロートルフさんも言ってたな、『誰かがなんとかしてくれる』って。
その誰かに、僕はなりたいんだ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
明日の朝までに、最低でもふたつの作業を終わらせなくちゃいけないらしい。
ひとつはエイトさんの新しい双剣の作成で、もうひとつはシトラスさんの武器であるフリンジの強化。
シトラスさんの服の袖から垂れているフリンジのリボンは布ではなくて、薄い金属製であることをこのとき初めて知った。
僕は親方につきっきりでエンチャントを続けていたんだけど、窓の外が暗くなったあたりで親方の腹がクマの咆哮みたいに鳴る。
その音で張りつめていた気持ちが緩んだのだろう、親方はハンマーを下ろし、ぐったりと言った。
「あぁ、そういや昨日からなにも食ってねぇんだった……」
「なら、少し休憩するのはどうでしょう。食べるものを貰ってきます!」
工房の中では僕がいちばん元気そうだったので、食料の調達役を買って出た。
この屋敷の調理場は、エントランスを挟んだ反対側の廊下にあるそうなので行ってみることにする。
中庭に面している廊下は、大理石の床が外の暗雲を映してさらに色濃くなっていた。
ひと雨きそうだな、なんて思いながら黒い廊下を走り出す。
「走っては危ないですよぉ……きゃうっ!?」
途中、廊下の明かりを点けて回っているミス・ケアレスさんに注意されたんだけど、彼女はなにもない所ですっ転んでいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます