17 親方の想い
17 親方の想い
僕は見習いということで、親方のアシスタントをすることになった。
親方に次に使う道具を渡したり、親方の汗を拭いたりする仕事だ。
その仕事を始めてすぐに、親方は「ほほう」と唸っていた。
「……こいつは驚いた。なにも教えてねぇのに完璧じゃねぇか。坊主、鍛冶屋で働いてたのか?」
「いえ、鍛冶屋にいたことはないんですけど、ギルドの武器工房で手伝いをしてました」
「そういうことか。ところでさっき坊主は
僕がこれまでのいきさつを説明すると、親方は「ははぁ」としたり顔をする。
「やっぱりエイトの小僧の仕業だったか」
「え? やっぱりって、どういうことですか?」
「坊主がしてる首輪は、ワシが飼ってた犬がしてたものだ。ずっとお守りがわりに工房に置いてたんだが、昨日から見当たらねぇと思ってたんだよ」
そう言われて僕は、首輪を付けっぱなしだったことを思い出す。
「ごめんなさい! 親方の大事なものだなんて知らなくて……返します!」
外そうとしたけど外れない。
ムキになって外そうとするあまり、勢いあまってコロンと後ろでんぐり返りする僕を見て、親方は豪快に笑った。
「がっはっはっは! いいって、そいつは坊主にやるよ! エイトの小僧はワシに、いつまでもメソメソしてんじゃねぇって言いたかったんだろう!」
「え、でも……」
正直、犬の首輪なんてもらっても……と思う。
大事な愛犬の形見ならなおさらだ。
「いいから持っとけって、手伝ってくれてるお礼だ! それでもいらなきゃ売っちまえ、マジックアイテムだから高く売れるぞ!」
「えっ? これ、マジックアイテムなんですか? 本当に……?」
そう言われると、ただの犬の首輪がものすごいアイテムに見えてくる。
僕をからかっているのかと思ったけど、そうではなさそうだった。
「ああ。全ステータスが2割アップするシロモノだ」
「え……ええっ!? それって、メチャクチャすごい効果じゃないですか!?」
「そうでもねぇさ、このクリアスカイで飼ってるネコだって同じものをしてる」
グッドマックスではマジックアイテムを持っているのはギルド長だけで、ズルス班長ですら持ってなかった。
そんな選ばれし者だけが許される貴重品が、ここでは犬猫でも身に付けてるなんて……!
いまさらながらに僕は、とんでもない所に来てしまったと思う。
僕はドギマギしてたけど、親方はしみじみしていた。
「しかしよく見たら坊主、ジョンに似てんなぁ。犬の耳と尻尾を付けて、鼻を黒く塗ったらソックリだ」
「ジョンって……飼ってた犬の名前ですか?」
「ああ。冒険には必ずついてきてくれて、ワシの背中を守ってくれたもんだ」
「親方って冒険者だったんですね。もしかして現役だったりするんですか?」
冒険者と職人の二足のわらじを履く人がたまにいる。
僕の問いに親方は「いんや」と首を振った。
ハンマーを振る手を休め、作業ズボンの裾をめくってみせると、そこには金属製の義足があった。
「飲まれちまったからな。片脚だけですんだのは、ジョンがワシを突き飛ばして身代わりになってくれたからだ」
『飲まれる』。
アウトゾンデルックが現われると、モンスターは鳴りをひそめるようになるが、別の脅威が世界じゅうに蔓延するようになる。
それは、黒い羽虫の群れが突如として地面から現われ、人や動物を底なし沼のように引きずり込み、飲み込んでしまうんだ。
大規模なものになると、村ひとつが丸ごと飲み込まれてしまった例もある。
一説によると、飲み込まれた者はアウトゾンデルックに囚われてしまい、魔王復活の糧になるという。
これはモンスターの被害よりは頻度は少ないものの、場所を選ばないうえに前触れがなく、またいちど巻き込まれたらよほどの運がないと助からないらしい。
国際機関のワールドウエイトも問題視しているようだけど、これといった対策が打ち出せずに手をこまねいている状況であった。
いまでは自然災害のような扱いとなっていて、邪教を崇拝する者は飲まれないなんていう噂がまことしやかに囁かれている。
そのため、アウトゾンデルックが出現している間は邪教に改宗する人もいるという。
親方は本当なら、先陣きってジョンを助けに行きたいのだろう。
僕の姉弟も飲まれてしまったから、そのもどかしい気持ちは痛いほどわかる。
親方は僕の顔を見て、また笑い飛ばした。
「がはっはっはっ! なんでぇなんでぇ、そんな情けねぇ顔すんなよ! このクリアスカイには身内が飲まれちまったヤツが大勢いるんだ! そのたびに同情してたら、顔がしわくちゃになって戻らなくなっちまうぞ!」
親方は励まそうとしてくれたけど、僕にとっては意外な一言として響いていた。
「えっ、そうなんですか?」
「そうだよ、だからみんな命懸けでアウトゾンデルックに挑もうとしてるんだろうが! 自分の、そしてみんなの大事なヤツを助けるためにな!」
親方は、打ち伸ばしたばかりで赤熱している金属を、ペンチで挟んで天井にかざす。
出来映えを確認する真剣な表情は、名も無き戦士が伝説の炎の剣を抜き、天高く掲げているように見えた。
そんな僕の思いにはまったく気づかない様子で、親方は諦めたような横目をチラと向ける。
「まぁ……そう言うワシは戦えんから、偉そうなことは言えんのだけどな。こうして、若いヤツらにすがってるだけだ」
その笑みは自虐的だったけど、僕のなかではすでに、親方は山賊から勇者になっていた。
こみあげてくる熱い気持ちが抑えられなくなり、立ち上がって声を大にする。
「……いいえ、親方は戦ってます!」
戦っているのはなにも、前衛のエイトさんやシトラスさんだけじゃない。
命懸けで僕を守ってくれたレインさん、傷を癒やしてれたママリアさんもそうだ。
それだけじゃない。
彼らが力いっぱい戦えるのは、こうして武器を作ってくれる人がいるからじゃないか。
だから僕は、そんな人たちを全力で応援したいんだ。
だって僕は、
「この工房が、親方の戦場です! もう、戦いは始まってるんですよ!? でも、親方は気持ちで負けてる! そんなんじゃ、エイトさんたちが勝てるはずがないじゃないですか!」
僕が急に大きな声を出したせいか、それとも僕の言葉に心を打たれたのか、親方はドキッとした表情になる。
「わ……ワシだって最高の武器を作り出して、小僧どもを送り出してやりてぇさ……! でもよぉ、どうしろってんだ!? ダマスカス鋼を加工するのは、どうやったって間に合わねぇんだぞ!?」
「なら、僕がエンチャントします! 僕にエンチャントをさせてください、お願いしますっ!」
「いや、だからエンチャントをしたところで……! ったく、しつけぇ坊主だなぁ! わかったわかった、負けたよ! でも、忙しいから1回だけだぞ!」
二度に渡る土下座で、親方はしぶしぶながらもエンチャントを許可してくれた。
親方はそれまで打っていた金属を部下の職人に任せ、かわりに窯で熱したダマスカス鋼を金床に起く。
他の職人たちがお手上げだったように、赤黒く熱されたダマスカス鋼はいくらハンマーで叩いても元の形を保ったままだった。
僕は親方の腕に向かって手をかざす。
「……絆の鼓動! マルチプル・エンチャント、ブラックスミス・ストレングス……!」
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