11 おゆうぎの鼓動
11 おゆうぎの鼓動
「なんで、なんでこんなになってまで、僕をかばってくれたんですか!?」
しかし、
揺さぶろうとしたけど、ママリアさんの厳しい声で遮られた。
「どいてください、いまから治癒をいたします!」
そ、そうか、ママリアさんは聖女だった!
聖女には癒しの力があるから、レインさんのケガを治せるんだ!
僕は大人しく引き下がる。
ママリアさんはむん、と気合いを入れて袖捲りをしていた。
ローブの袖がめくれあがると、ヒジまで覆うほどに長く、純白のレースの手袋が現われる。
その清廉潔白なる布に包まれたしなやかな手を、たおやかな動きでレインさんの胸の上空にそっとかざす。
そして、敬虔なる面持ちで唱和した。
「おゆうぎの鼓動……!」
えっ、『おゆうぎ』? 聞き間違いかな?
……とくんっ……。
心安らぐような心音とともに、あたたかい波紋が広がっていく。
「いたいのいたいの……とんでいけーっ!」
至って真面目な表情で、かざした手をシュバッと振り払うママリアさん。
しかし、なにもおこらなかった。
「ちょ、ママリアさん、なにやってるんですか!? こんなときにふざけるなんて……!」
ママリアさんは自分でも恥ずかしかったのか、それとも心外だったのか、ちょっと赤くなっている。
「ふ……ふざけてなんかいません! これがわたしの治癒なんです!」
「でも、レインさんはぜんぜん治ってませんよ!?」
「重傷すぎるんです! おケガが重すぎて、飛んでいってくれないんですっ!」
ママリアさんは半泣きになって「いたいのいたいのとんでいけ」を繰り返している。
彼女がどこまで本気なのかはわからなかったが、他に方法がない以上、この荒唐無稽な治癒に賭けるしかない。
「じゃあ、僕がエンチャントします!」
僕は返事を待たずにママリアさんに向かって手をかざす。
「……絆の鼓動……! マルチプル・エンチャント、ヒーリング・パイアティ!」
僕の手はぐうぜんママリアさんの胸のほうに向いていて、ホタルの光が当たった途端、ローブの上からでもわかる豊かな胸がゆさっと揺れたような気がした。
ママリアさんは「んっ……!」と色っぽい呻きとともに胸を抱いて、背筋をゾクゾクと反らしている。
僕はなんだかいけないことをしているような気持ちになって、ちょっぴり気まずくなった。
「あっ……! んんっ……! な、なんだか、身体じゅうがムズムズします……! なんだか変です……! ああーっ!?」
ママリアさんはひときわ大きな嬌声とともにピンとヒザ立ちになった。
金色の稲穂のような光の風が床から立ち上り、長い髪がふわりと広がる。
彼女のトロンとした瞳に、数値が映りこむ。
信心 1514 ⇒ 2628
「す……すごい……です……! たった1回のエンチャントで、こんなにたくさん……!」
2倍じゃなくてすこし減っているのは、もしかして僕が雑念を抱いたからだろうか。
僕はその念を振り払うように叫んだ。
「いまです、ママリアさん!」
ママリアさんはカッと目を見開く。
そして我が子を守る母親のような、厳しい表情で言い放った。
「いたいのいたいの……とんでいけぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」
その声に驚いたかのように、レインさんの身体から黒いオーラが引きずり出される。
オーラはママリアさんの手に移り、振り払った手から黒いカタマリとなって投げ放たれた。
それは城塞をも破壊する砲弾のような、圧倒的なプレッシャーとなって僕に迫る。
僕は圧倒されるあまり尻もちをついてしまったので、砲弾は頭上スレスレをかすめていき、頭頂部の毛を少し刈り取られる程度の被害ですんだ。
直後、ミノタウロスが体当たりをかましたような轟音が背中を貫き、室内が大きく揺れる。
冷や汗とともに背後を見やると、壁には隕石が突っ込んだような大穴が開いていた。
壁にダマスカスライムのナイフ攻撃が当たったことがあったけど、その時はほんの少し欠ける程度だった。
ということは、この部屋の壁はおそらくダマスカス鋼でできているに違いない。
その壁に、大穴を開けるなんて……!?
ママリアさんは鼓動の反動か、肩でぜいぜい息をしている。
汗びっしょりになっていて、申し訳なさそうに僕を見ていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……! ご、ごめんなさい……! 『いたいのいたいのとんでいけ』は、おケガを負のオーラに変えて飛ばす鼓動なんです……! わたしはまだ不束者で、飛ばす先のコントロールがうまくできなくて……!」
「そ……そうなんですね。でも、僕ならへっちゃらです! それよりレインさんは……!?」
「大丈夫です、レインさんのおケガはすべて飛んでいきました。かなり血を失っておりますが、このまま連れ帰って治療をすれば問題なく回復するでしょう」
レインさんは血まみれのままだったけど、たしかに出血は止まっているように見えた。
表情は相変わらずあまり変化が無いけど、心なしか安らかだ。
「よ……よかった……!」
ホッとしたのも束の間、僕はママリアさんの肩越しに倒れているふたりのことが気になった。
「あの、エイトさんとシトラスさんのほうは……?」
するとママリアさんは、汗で頬に張りついた髪をかきあげながら教えてくれる。
「ああ、おふたりなら心配いりません、いつもあの調子ですので。エイトさんは全身を酷使されていましたから、治癒よりも休息のほうが必要でしょう。少なくとも明日は、筋肉痛でイタイイタイだと思います」
「ええっ!? あれだけの戦いをして、筋肉痛だけ……!?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます