10 ダマスカスライムとの戦い6

10 ダマスカスライムとの戦い6


 見覚えのない背中は、四人目のメンバーのようだった。

 魔術師のローブをまとっていることから、聖女のママリアさんといっしょに通路に隠れていたのだろう。

 彼はぼそりとつぶやいた。


「石巌の鼓動、ダイヤモンドシールド」


 ……ドクンッ!


 ささやくように心臓が震える。王家に伝わる石琴を打ったような、荘厳なる心音の波紋が広がった。


「もう誰も、奪わせない」


 カットされたダイヤモンドを真上から見たような形状の魔法障壁が生まれ、包み込むように僕らを覆う。


「これは、防護魔法……!? それも、かなり上級の……!」


 それはまさしく金剛のごとき堅牢さに見えたけど、ピシピシとヒビがはいり、爆風を受けたガラスのようにあたりに四散する。


「ああっ!?」


 ナイフを防ぎきれなかったかと思ったけど、魔術師の青年は首だけ捻って僕に言った。


「大丈夫、なんともない」


 深くフードを被ったその顔は落ち着き払っていて、本当に何事もなかったことを物語っているようだった。

 質素なデザインのローブとお揃いのグレーのショートヘアで、大人しい印象……いや、あまり感情を表に出さない感じの顔立ち。

 身体つきは魔術師らしく細身だった。


「キミは俺が守る。エンチャントを続けて」


 言葉は淡々としていたけど、逆にそれが頼もしく感じる。


「は……はいっ!」


 そして、パーティ一丸となった戦いが始まる。

 ひたすらダマスカスライムを滅多打ちにするエイトさん。

 フリンジでダマスカスライムを抑え込んでいるシトラスさん。

 ダイヤモンドシールド何度破られても、黙々と貼り直すレインさん。

 そして跪き、神に祈るママリアさん。


「お願いします……この邪悪を打ち破る力を……! わたしたちを希望をお与えください……!」


「へっ、クソくだらねぇ! このクソみてぇな世界を作りやがった神に祈るくらいなら、ケツふく紙のほうがよっぽど信じられるぜっ! 同じクソガミだしな! さあっ、とっととケツを出しやがれっ、この俺様が蹴り上げてやっからよぉーーーーっ!!」


 エイトさんはかなり荒ぶっていたが、限界間近なのは明らかだった。

 紫色に腫れあがった腕、血管からは破れた水風船のように鮮血が吹きだしている。


「俺様はな、このクソみてぇな世界にいるクソどもを一匹残らずぶちのめしてぇんだっ! 硬ぇクソも柔らけぇクソも、ぜんぶまとめてなっ! たとえ便所に隠れてたって、便所ごとぶちのめしてやるぜぇーーーーっ!!」


 いまのエイトさんにとっては、世界最凶の地下迷宮ダンジョンですらトイレ感覚。

 身体じゅうがすでに決壊、しかし瞳は狂喜ともいえるほどにらんらんと輝いている。


 双剣の片割れが折れて足に刺さる。

 抜くことすらせず、柄だけになった剣を投げ捨て、ゲンコツを握りしめた。


「変えるっ! 変えるっ! 変えてやるっ! 俺様のコイツで変えられねぇものなんて、この世にはねぇんだよっ! クソがぁぁぁぁぁーーーーっ!!」


 彗星のごときパンチが放たれ、この惑星ほしごと砕けたかのような衝撃波とともにダマスカスライムの顔面にヒット。

 なんと伝説の金属が、素手によってへこまされていた。


 惑星ほしの爆発、砕け散る星々の火花は最終戦争アルマゲドンを思わせる。

 明滅する血風けっぷうのなかで舞うその姿は、世界の終わりにやってきた鬼神のようだった。


 僕の心臓は張り裂けんばかりになっている。

 滝のようにあふれて止らない鼻血で身体は血まみれになっていた。

 胸の上からぎゅうっと心臓をわし掴みにする。


「頼む……! もう少しだけ……動いてっ! あと少しだけ……少しだけでいいっ! 動いてくれっ、鼓動っ!」


「まだ足りねぇっ! 鼓動っ、もっとビートを刻みやがれっ! 燃え尽きるほどに叩き込みやがれっ!」


「「未来あしたを、変えるためにっ……!」」


 僕とエイトさんの鼓動は、ついに重なりあう。


「「う……うおおおおおおおおおーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」」


 ひとつになった雄叫びが、部屋を揺るがすほどに轟き渡った。


 残った剣を両手で握りしめ、大上段に振りかぶる。


 その剣もすでに刃こぼれしていて、どれほどのダメージが与えられるかはわからない。

 だけど極限を通り越した、きわきわの空気のなかで、僕は悟る。

 血と火花が大輪の花のように咲き乱れ、汗が命の結晶のように飛び散る世界で、僕は確信していた。

 どちらにしても、これで本当に終わりだと。


「「こいつで……トドメだぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」」


 全身全霊の一撃が、獄炎のようにうなる。

 それは火花を散らすことはなく、ダマスカスライムの身体にゼリーのように真っ二つに切り裂き、一閃した。


 金属がもがき苦しみながら砕けるような音、そうとしか形容できない断末魔とともに、ダマスカスライムの身体が飛沫となって飛び散る。

 ビリヤードの球のような鉛色の球体となって、大量に床にぶちまけられた。


 床を埋め尽くすほどに転がり、僕の足元にも波のように押し寄せてくる。

 当たってもなんともないことから、これはダマスカスライムの亡骸なのだとわかった。

 その場にいた全員が、力尽きたようにつぶやく。


「「「「「か……勝った……!」」」」」


 僕はもう立っていられなくなり、鉛球の海に沈んだ。

 続いて目の前にいたレインさんが、かすかな衣ずれの音を残して倒れる。


「へっ、情けねぇヤツらだなぁ、俺様はピンピンしてるってのによぉ……」「またまた無理しちゃって、フニャチンのくせに……」


 エイトさんとシトラスさんもフラフラになってたけど、ふたりともかなり無理して立ち続けていた。

 先に倒れたほうが負けというルールでもあるように意地の張り合いを続けていたが、やがて同時にバタンと倒れてしまう。

 祈りを捧げていたママリアさんも疲労困憊、でもまだ余力があるようで、立ち上がって仲間たちの状態をひとりひとり確認して回っていた。

 しかし、レインさんの容体を見て顔色が変わる。


「……レインさん、しっかりしてください!」


 戦闘中、レインさんはずっと僕を守ってくれていた。

 その背中は華奢だったけど、音の速さのナイフ攻撃をすべて防いでくれて、鉄の壁のように頼もしかった。


 鼓動を酷使していたようだから、かなり疲れてはいそうだけど、ケガとかはしてないんじゃ……?

 しかし、レインさんの身体を助け起こしたママリアさんのローブは、血でべっとりと汚れていた。


「……れ……レインさんっ!?」


 レインさんの身体は、ナイフでめった刺しにされたようにズタズタになっていた。

 流れ出る血は止まらず、みるみるうちに血の海に沈んでいく。


「そ……そんな!?」


 レインさんに比べたら、僕には倒れる権利なんてない。

 僕は疲労も痛みも忘れ、軋む身体をわななかせて飛び起きた。

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