12 ハイ・エネルギー・ポーション

12 ハイ・エネルギー・ポーション


 それは、下手をするとママリアさんがヤブ聖女に認定されかねない異常な診断結果だった。

 でもおもむろに納得してしまいそうになるほどに、エイトさんは異常にタフネスだった。

 この異常すぎる人たちはいったい何者なんだろう? なんて思っている間にもママリアさんはせかせかと動き回っている。

 倒れている仲間たちに、弾帯から取りだしたポーションを咥えさせていた。

 最後に僕ところにやってきて、「はい、あなたもどうぞ」と封がされた小瓶をくれる。

 その瓶は試験管のような長細い形状をしていて、中に黄色い液体がちゃぷんと波打っていた。

 ラベルを映した僕の目玉が飛び出そうになる。


「こ……これって……ハイ・エネルギー・ポーションじゃないですか!?」


 僕が驚いている理由が理解できていないのか、ママリアさんは「それがなにか?」みたいに首を傾げている。

 それは胸の奥が熱くなるくらいかわいい仕草だったけど、僕は別のことに熱くなっていた。


 『ハイ・エネルギー・ポーション』は上級の疲労回復薬で、超がつくほどの高級品。

 どのくらい高級かというと、もし売り払えば僕の一家なら、1年は食べるに困らないだろう。


 グッドマックスにいた頃はこれの最下級、かつ粗悪品の処分品、賞味期限切れのポーションですら、土下座しても使わせてもらえなかった。

 それなのにママリアさんは、会ったばかりの僕に最高級のポーションをくれるなんて……。


 僕にとってこの黄金色の液体が入った小瓶は、世界最高峰の宝石みたいなもので、持っていると自然と手が震えだした。

 これがあれば、おなかいっぱい食べさせてあげられる……。


 脳裏に、食べ盛りの弟妹たちの顔が浮かぶ。

 そして僕は、いちばん大切なことを思いだした。


「そ……そうだ! 家族がこのアウトゾンデルックに落ちちゃったんです! 助けに行かないと……!」


 いつの間にかエイトさんとシトラスさんが復活していて、ポーションの小瓶をタバコのように咥えて立っていた。


「その前にクソチビ、テメェは何者なんだよ? まさか『臓物』じゃねぇだろうな?」


 エイトさんは身体じゅうどす黒い血がこびりついていて、なんだか怖い。


「それとも新種のモンスター? どっちにしても、ヤッちゃえばはっきりするかも……ねっ?」


 シトラスさんは袖から垂れたフリンジを蛇みたいに操っていて、なんだか怖い。


「も、モンスターじゃありません! 僕は人間です! ボンドっていいます!」


 僕はおっかなびっくり、これまでのいきさつを話した。

 Fランクギルドのグッドマックスに所属していたことや、このアウトゾンデルックで生贄にされたこと、姉弟たちと離ればなれになってしまい、気づいたらここに飛ばされていたことなど。


「クソが、『気道』から入りやがったヤツらがいやがるんだな」


 僕の話を聞き終えたエイトさんは、忌々しそうに拳を手に打ち付けた。

 そこから先はママリアさんが教えてくれたんだけど、このアウトゾンデルックには『食道』『気道』のふたつの入口があるらしい。


 『食道』はいま僕たちがいる場所で、アウトゾンデルックに挑む者用の入口のこと。

 『気道』は裏口のようなものらしく、そこから入った者はアウトゾンデルックの一員である『臓物』になってしまうらしい。


「ようするに、気道から入った子は魔王のラブペットになっちゃうってことだよねっ」


「へっ、ただのクソにたかりやがるウジ虫だろ」


 シトラスさんとエイトさんの一言が、僕の衝撃をより深いものにする。


 グッドマックスは、ギルドごと魔王の手下になろうとしていたなんて……!

 でも、どうして……!? なんでそんなことを……!?

 いや、いまはそんなことはどうでもいい!


「僕は、姉弟を助けに行かないといけないんです! アウトゾンデルックの奥に進むにはどっちに行ったらいいんですか!?」


 この問いには、みんなが一様に首を左右に振った。


「知るかよそんなこと。俺様たちもついさっき乗り込んだばっかで、クソスライム野郎と戦ってたらテメェが来やがったんだよ」


「でもさぁ、ボンドってば俺たちとは違う入口から来たっんしょ? ならそこに戻れば……」


 シトラスさんにそう言われ、僕は急いであたりを見回す。

 しかし室内は、エイトさんたちが入ってきたという通路以外はどこも金属で覆われていて、僕がどこから入ってきたのかぜんぜんわからなかった。


 ふと視線を落とすと、床に転がっていたダマスカスライムの欠片が集まり、サッカーボールくらいの大きさの玉が次々と出来上がっていることに気づく。

 やがて、部屋の床や壁をなしていた金属がメッキのように剥がれ落ち、普通の地下迷宮ダンジョンっぽい石造りの壁が現われる。

 続けざまに、壁の一部が最初からそこに無かったかのような速さで遠ざかっていった。

 部屋の構造が変わる仕掛けというのは地下迷宮ダンジョンでは珍しくないが、重い石が押されているような音とともに、ゆっくりと変化していくのが普通だ。

 でもこれほどの大仕掛けが動いたというのに、ひとつの音もたてずに一瞬で終わってしまった。

 部屋はただでさえ広かったのに、向こうが霞んで見えなくなるほどの莫大な広さに変わる。

 それがあまりにも未来的というか異次元的だったので、僕だけでなく他のみんなも呆気に取られていた。


「なんだこれ……こんなの見たことねぇぞ……? 目がクソっちまったのか……?」


「進む道ができちゃったね……なんだかこの先は、さらにヤバそうで……ゾクゾクする……ねっ」


 僕は誰よりも速く我に返ると、部屋の奥に向かって無我夢中で走り出していた。

 背後から「お待ちください!」とママリアさんが呼び止める声がしたけど、振りほどくようにして走る。

 しかし途中でなにかに足を取られ、ずべしゃっ! と盛大にすっ転んでしまう。

 「いてて……」と起き上がると、僕の足首にはシトラスさんが伸ばしたリボンが絡みついていた。

 そのままずるずると、元いた場所に引きずり戻されてしまう。


「は……離してください! 僕は助けに行かないと……!」


「無理無理。付与術師エンチャンターだけで行けるわけないっしょ。いきなりお尻に入れるようなもんだって」


「シトラスさんのおっしゃる通りです。それにダマスカスライムさんとの戦いを終えたばかりですから、今日はこのまま引き返しましょう。じゅうぶんに休養を取ってから……」


「それじゃあ遅いんです! みんなが僕の助けを待って……! うわあっ!?」


 エイトさんが「ごちゃごちゃうっせぇ」とばかりに、リボンを掴んで僕の身体を引きずり上げる。

 僕は背が低いうえに軽いので、あっさり逆さ吊りになってしまった。


「なにをするんですかっ!? 僕は……僕はっ……!」


 エイトさんは僕の身体を目の高さまで持ち上げると、カボチャのランプみたいな顔でニヤリと笑う。


「テメェは今日から、俺様のペットだ……!」


 「わぁお」とシトラスさんの合いの手が入った直後、顔が潰れるほどの衝撃に襲われ、僕の意識は暗闇に飛んでいった。

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