08 ダマスカスライムとの戦い4

08 ダマスカスライムとの戦い4


 滅多打ちにされるダマスカスライムからは金属音が鳴り止まず、もはや打楽器同然。

 スパークする火花に空間が灼け、あたりが白く飛んでいた。

 もはや戦場は独壇場。伝説のドラマーがドラムソロを披露するステージと化す。

 僕はもう、すっかりファンのひとりとなっていた。


 す……すごい……! こんなすごい鼓動があるだなんて……!


 『鼓動』、それは心臓の動きを操ることによって、内に秘められた特殊な力を引き出す技のこと。

 この世界において、すべての人間は大なり小なり鼓動の使い手である。

 そこにエイトさんの鼓動を当てはめるなら『極大』。僕がいままで見たもののなかで、もっとも激しいものであった。


 しかしそれほどの連撃を受けているというのに、ダマスカスライムは微動だにしていない。

 いままでの苦労はすべて水の泡だといわんばかりに、白い0の数字が浮いているだけだった。


 ……う……うそっ……!?

 筋力2500オーバーの攻撃を浴びせても、まったくダメージが通らないなんて……!


 そういえば、僕がこの部屋に放り込まれる直前、戦場の幻が見えた。

 そのなかで、兵士の誰かが言っていた。ダマスカスライムにダメージを与えるためには、同じダマスカス鋼の武器でないとダメだと。


 エイトさんは僕が知るなかで、間違いなく最強の剣士だ。

 最強剣士にエンチャントして、さらに鼓動まで使っているのにダメージが与えられないのだから、本当にそうなのかもしれない。


 ダマスカスライムを倒すためには、ダマスカス鋼の武器がないといけない。

 ダマスカス鋼を手に入れるためには、ダマスカスライムを倒さないといけない。

 ダマスカス鋼の武器自体は数えるほどではあるが世界に現存しているので、それを借りてくれば……。

 いや、それは事前準備であって、戦闘の真っ最中にできることじゃない。


 もう八方塞がりで、どうしようもないじゃないか……。

 僕のエンチャントも少しの足しどころか、なんの足しにもならなかったなんて……。


 筋力 2560 ⇒ 1920


 あきらめムードが漂うと、エンチャントの効果も薄れていく。


「クソがぁっ!!」


 不意に稲妻のような言葉が耳に突き刺さり、僕は落ち込みかけていた顔をハッとあげる。

 そこには、額の血管が破れて顔じゅうが血まみれになったエイトさんが、仁王のような顔で僕を睨んでいた。


「クソ野郎がっ! テメェがエンチャントしたいって抜かしやがったんだろうがっ! だったら、最後までやり抜いてみせやがれっ! あきらめやがったらぶちのめすぞ! テメェがあきらめていいのは……死ぬときだけだっ!!」


 僕はその一言に、頭を揺さぶられるほどのガツンとした衝撃を受けていた。

 視界がぶれ、脳裏にグッドマックスでの思いでがよぎる。

 それはクエストの行軍中、重い荷物に耐えられなくなった時のこと。

 倒れてしまった僕の頭を、ズルス班長は思いっきり踏んづけてきたんだ。


『なにへばってやがんだっ! おら立てっ! ザコ1号よぉ、テメェが休んでいいのは死ぬときだけなんだよっ!』


 そのときのズルス班長と、姉弟みんなを生贄に捧げたときのズルスの顔が重なり合う。

 僕は顔をぶるんと振るって、自分を奮い立たせた。


 そうだ、このくらいであきらめちゃダメだっ! 僕は生き延びて、姉さんを……!

 コレルを、ジョイを、ジュイを、トリスを助けに行かなくちゃいけないんだっ!


 筋力 1920 ⇒ 2560


 気合いを入れ直すと落ち込んでいた効果が元通りになる。

 その勢いのまま頭をフル回転させて、もうひとつの可能性を見いだした。


 鼓動にはいくつかタイプがあるけど、エイトさんの鼓動は間違いなく高速型……!

 鼓動を早く打つことによって全身に血を行き渡らせ、あの超連撃を可能にしている……!

 合わせろ……! 合わせるんだ……! 僕の心臓も、早鐘に変えるんだっ!


 僕は頭のなかで地下酒場を思い描く。

 ステージの上にはエイトさん、そのドラムにあわせて客たちがいっしょになって踊り跳ね、大きなうねりとなっていく姿を。


 ……ドン! ドン! ドン! ドン!


 突き上げてくるような重低音を鼓動に変える。


 ……ドクン! ドクン! ドクン! ドクン!


 エイトさんの鼓動はあまりにも激しいもので、それに合わせようとすると僕の心臓はすぐに臨界を迎える。

 身体は燃えるように熱くなり、頭はすっかりのぼせて意識が朦朧とし、鼻血が垂れてきた。


 な……なんて鼓動だ……! 近づけようとしただけで、意識が飛びそうになる……!

 で、でも……! あきらめる……もんかっ……! もっと早く……! もっと早くっ……!


 悲鳴をあげる心臓にさらにムチ打つと、肋骨を突き破らんばかりに暴れだした。

 全身をマグマのような血が駆け巡り、脳が沸騰する。

 霞みゆく視界のなかで、僕はホタルの光を見た。


 や……やった……! 追加エンチャントだ……!


 エイトさんと鼓動をシンクロさせたことでエンチャントの効果が増し、さらにステータスアップ。

 しかし僕は、心にヒビが入る音を聞いていた。


 筋力 2560 ⇒ 2600


 た……たったの40ポイント……!?

 ここまでやっても……ここまでなのか……!


 絶望がぶり返し、数倍の重さとなって肩にのしかかってくる。

 身体ごと押しつぶされるように足が震えだし、とうとうヒザをついてしまう。

 そのまま倒れないようにするだけで精一杯で、意識はもう、ほとんど残っていなかった。


 お……終わった……!


 失われゆく世界のなかで、僕はわずかな光明を目にする。


 夢のなかの泡のように、浮かんでは消えていく『0』。

 月蝕のように薄暗く、虚無を体現するかのような『0』。


 その『0』が、輝いて見えたのだ。

 まるで、日蝕さながらに……。

 暗黒の海に漂う、たったひとつの星のようにキラキラと……!


 その異変は、僕以外のみんなも気づいていた。

 しかし、これが何なのかわかっていないようだった。

 僕は最後の力を振り絞って立ち上がり、鼻血を撒き散らす勢いで叫んだ。


「そ……それは、1以下のダメージですっ! わずかだけど、ダメージが入ってますっ!」


 ダメージの最低値が『1』というのは、冒険者のなかでは常識だ。

 でもそれは三流以上の冒険者の話であって、五流とかのギルドともなると、1以下のダメージにお目にかかる機会がけっこうあったりする。

 白い『0』は完全なノーダメージなんだけど、点滅している『0』は完全なるノーダメージではないんだ。

 似非ドラゴンに、Fランクギルドの班長が斬り掛かった時がまさにそうだったように。

 踊るように身体を揺さぶっていたシトラスさんがノリノリで、からかうようにエイトさんをけしかけた。


「マジで!? ダマスカスライムってば、生命力は4! ダメージがコンマゼロ1だったとしても、あとたった400発打ち込むだけで勝てるね! あ、でもエイトがフニャチンになるほうが先かなぁ!? でも大丈夫、その時はビンビンの俺がかわりにヤッてあげるから、ねっ!」


「く……クソがぁっ! テメェは引っ込んでやがれっ! コイツは俺様のエモノだっ! う……うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 僕はこの人たちと出会ったばかりの浅い仲だったけど、シトラスさんがわざと挑発するようなことを言ってエイトさんを焚きつけたのがわかった。

 それを証拠に、鈍りかけていたエイトさん太刀筋がみるみるうちに息を吹き返していく。


 連打、連打、連打。腕だけでなく上半身まで振り乱しての乱れ打ち。

 カジノのスロットでジャックポットを引き当て、排出されるコインのごとく乱れ飛ぶ『0』。

 それは銅貨以下のわずかな額面だったけど、いまの僕らにとっては値千金。


 それまで傷ひとつない光沢を放っていたダマスカスライムの表面に、栄華の翳りのような曇りが現われた。

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