07 ダマスカスライムとの戦い3
07 ダマスカスライムとの戦い3
おそらくエイトさんやシトラスさんの仲間で、ダマスカスライムの攻撃に巻き込まれないように通路に退避していたんだろう。
冒険者パーティの場合、魔術師や聖女などの後衛がモンスターの攻撃に晒されないように隠れるのはごく普通のことだ。
通路から歩み出た彼女は目に飛びこんでくるほどの新鮮な光を放っていて、僕はいままで感じたことのない胸の高鳴りを覚えていた。
腰まで伸びた漆黒のロングヘアには天使の輪が輝き、顔立ちは穏やかなのにすみれ色の瞳は高貴な宝石のように輝いている。
まるで雪みたいに白く透き通った肌に、ほっそりと華奢なのに丸みのある身体。
服装は聖女の正装である黒いローブなんだけど、お腹の所に大きなポケットが付いた白いフリルエプロンを着けている。
さらにその上から、弾帯のようなベルトを胸の谷間を通すようにたすき掛けにしていて、弾薬のかわりにポーションを入れているようだった。
家庭的なのか戦闘的なのかよくわからないスタイルだったけど、僕は天使が舞い降りたのかと錯覚する。
だって、こんなにも綺麗な人を見たのは生まれて初めてだったから。
しかも容姿だけじゃなくて、声まで天上から奏でられた音楽のように清らかだなんて……。
僕はすっかり聴きほれていたけど、エイトさんはうざったそうに耳をほじっていた。
「なんだよマママリア、うっせーなぁ。テメェもウッドペッカーかよ」
「このままでは全滅してしまいます! ケンカはおやめになって、力を合わせて戦ってください!」
力を合わせる……。僕は混乱の連続で、自分の役割をすっかり忘れていた。
「そ……そうだ! 僕は
僕の物言いに、エイトさんはイラッとした様子だった。
「だったらやんじゃねぇよ! 俺様はテメェみてぇな女のクソったようなヤツが大っ嫌ぇなんだ!」
「エイトってば、それを言うなら『女の腐ったの』でしょ。それに腐ってるほうがいっしょ、果物も女の子も、ねっ?」
「いちいちうるせぇぞ! とにかく、やる気がねぇなら引っ込んでやがれ、このクソチビがっ!」
エイトさんの剣幕はものすごくて僕は気後れしかける。
しかし人は違うけどこんな風に怒鳴られるのはしょっちゅうだったので、なんとか食い下がった。
「で、でも、無いよりはマシだと思うので、やらせてください!」
「エイトの『ヤメロ』は『ヤレ』だから、ヤッちゃっていいよ、ねっ」
シトラスさんの流し目ウインクはいたずらっ子のようだった。
「うるせぇってんだろうが! このクソフリンジがっ!」
「ちっちっ、これはフリンジじゃないよ、『フリソデ』っていうんだよ、ねっ」
「どっちでもいい! クソがっ、勝手にしやがれっ!」
エイトさんはやり場のない怒りをぶつけるように、ダマスカスライムに斬り掛かっていく。
いちおうオッケーしてくれたようなので、僕はエイトさんの背に向かって手をかざした。
「……絆の鼓動! マルチプル・エンチャント、デュアル……!」
あ、いや、違う! エイトさんは二刀流じゃなかった!
僕は頬をパチンと叩いて宣言しなおす。
「絆の鼓動! マルチプル・エンチャント、フォースソード・ストレングスっ!」
右手から現われたホタルの光が、エイトさんの革ジャンのバックプリントである
ギラリと輝く瞳、エイトさんの足元で波紋のような光と突風が立ち上り、髪を炎のように舞い上げていた。
エイトさんは大いなる異変に気づいたように足を止め、振りかぶっていた剣も下ろしてしまい、不思議そうに我が身を見る。
「なっ……なんだこれ、ケツ
エイトさんの袖の破れた革ジャンから覗く、鍛え上げられた腕の筋肉が脈打ちながら膨れ上がった。
胸筋が肥大してシャツが破け、ありあまるパワーに全身をうち震わせる。
「いっ……いぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!」
エイトさんはとうとう抑えきれなくなったのか、背筋を限界まで反らして天に向かって歓喜の雄叫びをあげていた。
僕は思う。もし
なぜならば足元からの光はさらに輝きを増していて、エイトさんを黄金で染め上げていたから。
後光は両手両足を広げるように拡散していき、その頭上には黄金の数字が燦然と輝いた。
筋力 1280 ⇒ 2560
「えっ……ええええええええーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
これは僕の絶叫じゃない。
その場にいた僕以外の全員が、顎が外れんばかりになって叫んでいた。
本当は僕も叫びたかったけど、エンチャントの最中だったので必死にこらえる。
筋力、せ……1280……!?
ズルス班長の80倍じゃないか……!
しかし叫んだ人たちは、別のところに驚いているようだった。
「に……2倍っ!? こ……こんな
「う、ウソでしょ!?
「す……すごい……! すごすぎますっ……!」
みんなは瞬きを忘れたかのような、見開いたままの瞳に僕に向ける。
しかし僕はなんの反応も返せなかった。
エンチャントしている最中は集中していないといけないので、喋ったり動いたりできないんだ。
「まぁ、そいつは後でたっぷり
エイトさんは真っ先に気持ちを切り替えたようで、両手をクロスさせて狼牙のような双剣を大上段に振り上げる。
「かかってこい」とばかりに、腕を組んだまま伸びあがるダマスカスライムの表面に挑戦的な笑みを映していた。
「それで
エイトさんは足で小刻みにステップを取り、頭上で双剣を打ち鳴らした。
降り注ぐ火花を火の粉のごとく浴びながら、双剣を手のなかで回転させてドラムスティックのように構えなおす。
「連弾の鼓動……! スラッグ・フェスト!」
……ドクンッ……!
それは、明らかにエイトさんが放った心音だった。
彼の胸を中心として、燃え広がるような熱気の波紋が広がっていく。
「このビートは止まらねぇ、テメェの息の根止めるまで!!」
そして始まる千撃の宴。
残像のあまり両腕が千に増え、そこから放たれる剣閃は速さのあまり風に舞う羽衣のような軌跡を残していた。
もはやエイトさん人ではない。嵐を呼んで剣撃の稲光をもたらす雷神だった。
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