06 ダマスカスライムとの戦い2

06 ダマスカスライムとの戦い2


 僕は驚きのあまり、つい大きな声を出してしまった。

 激しく火花を散らしていた攻撃の手が緩み、不信感ありありの視線が僕に向けられる。


「あぁんっ、なんだこのクソチビっ!? なんでこんな所にいやがるんだっ!?」


「この部屋ってばいちど入ったら外からは入れないはずだし、ヤラないと出られないはずなんだけどねっ!?」


 ダマスカスライムはそれまで像のように動かなかったけど、突如として身体の一部が鎖鉄球のように変形し、ノーモーションで薙ぎ払った。

 その時、ふたりの青年は僕に注意を奪われていた。

 しかしジャンプ一番、まるで大縄跳びの最中みたいに飛んで鉄球攻撃をひらりとかわす。

 うなる鉄球は像の頭のあたりの高さを一回転したあと、鎖が像に絡みつき、液体のように吸収されていった。

 ダマスカスライムの攻撃はあまりに超常的すぎて、僕の頭は現実逃避しかけたけど、エイトさんとシトラスさんに何事もなくてホッとする。

 でも鉄球の高さからいって、しゃがんでかわしていたほうが効率的なんじゃないかと思った。

 ふたりとも傍目に見て、疲労困憊のようだったからなおさらだ。

 金髪の青年が、仲間の銀髪の青年に食ってかかる。


「おい、シトラス! てめぇ、飛んでかわすほうが偉いと思ってやがんな!? つまらねぇ意地はりやがって、腐れパーシモンクソガキがっ!」


 銀髪の青年がウインクを返す。ルビーのような真っ赤な瞳が印象的だった。


「つまんない意地を張っているのはエイトだってば! ははぁ、アッチのジャンプ力で負けたのがそんなに悔しかったんだ、ねっ!」


 僕は唖然とした。

 戦いの真っ最中、しかもダマスカスライムという強敵を前にして、攻撃をジャンプでかわすのを競いあうなんて。

 エイトさんとシトラスさんは目の前のダマスカスライムそっちのけで、ケンカする犬みたいに「ウ~」と唸りあっている。


「あ……あの、すいません! それどころじゃないと思うんですけど!」


 するとふたりはまた、キッ! と僕を睨んだ。


「あぁんっ!? だからテメェはなんなんだよ!? パンくずみてぇにしてやろうか!?」


 エイトさんは相当苛立っているのか、とうとう僕にまで拳を突きつけてくる。

 その指にはメリケンサックのごとくシルバーの指輪がびっしりと光っていて、『TAKE THIS』と刻印されていた。

 僕は一瞬、スラム街のボスに絡まれたのかと錯覚してしまい、緊張する。


「あ、あの、僕は……!」


「キミってば小指サイズだけど冒険者だよね!? なら自己紹介よりも、ヤルのが先っしょ! エイトってばもうフニャチンでさぁ!」


 シトラスさんの若者言葉は半分くらい理解不能だったけど、声があっけらかんとしていたので僕の緊張は少しほぐれた。


「あぁんっ!? ロックアウト寸前はテメェのほうだろうが! ってかあんなビーンズみてぇなチビ、戦力になるかよ! ……ぐうっ!?」


 スラングを交わす最中、エイトさんとシトラスさんは身体をくの字に曲げて吹っ飛んでしまう。

 ふたりの身体には、鈍く光る柄だけのナイフがあちこちに突き立っていた。

 削り取られた命が、数字となってふたりの身体から離れていく。


 108 114 120 101 118 109 105 105 110 116


 ひゃっ……100オーバー……!? 即死クラスのダメージじゃないか……!

 グッドマックスだと、力自慢の戦士が両手斧を使ってやっと叩き出せるようなダメージなのに、それを投げナイフで……!?


 ふたりの身体からナイフが抜け落ちる。それは倒れた衝撃で、というよりも役割を終えたナイフが自らの意志で抜けたかのようだった。

 地面に転がっても音ひとつたてず、液化した金属のようになってダマスカスライムの本体に吸収されていく。

 エイトさんとシトラスさんは即死したのだろう、大の字に倒れたまま動かなくなっていた。


 そしてダマスカスライムも動かない。最初からただの裸夫像でしかなかったかのように、なにひとつ変わらない様子で佇んでいる。

 生まれたての金属のように、滑らかなままの鉛色は、人を殺したというのに返り血ひとつ浴びていない。

 僕の背筋は、その非情なまでの冷たさを感じてゾクリとした。


 ……このスライムは、僕が知っているスライムとは、なにもかもが違いすぎる……!


 スライムというのはぷるぷるした液状で、へばりつかれたら厄介だけど、ミミズのように動きが鈍いんだ。

 こんな、どんな攻撃も受け付けないほどに硬いのに変幻自在で、手練れの青年を瞬きほど間にふたりとも即死させる、未来からやって来た大量殺戮兵器のようなヤツじゃない。


 最新鋭のフォルムをした殺人鬼は、僕に背を向けて立っている。

 幸い、こちらにはまだ気づいていない……と思ったのは大きな間違いだった。

 裸夫像の頭がいつのまにか回転していて、一切の気配もなく僕を見ていた。


 その生き物離れした動き、そして感情を感じさせない顔は、見たら死ぬ呪いの人形のように恐ろしい。

 僕は目が合っただけで魂を抜かれたようになり、奈落に落ちるような脱力感に支配されていた。


 し……死んだ……!


 とうとう立っていられなくなり、へなへなと崩れ落ちる。

 両ヒザが床にくっつくコンマ5秒前、


「……朝ですよ、おっきしてくださいっ!」


 女の人の声がして、僕のヒザに力が戻った。

 僕が辛うじて踏みとどまると同時に、エイトさんとシトラスさんが寸分違わぬタイミングで、ヘッドスプリングで起き上がる。

 死人が蘇ったのかとギョッとなったけど、ふたりはただ単に気を失っていただけのようだった。


 よ……よかった! さっきのダメージは、きっと僕の見間違いだったんだ!

 合計で1000オーバーのダメージを受けて、生きてるなんてありえないもんね!


 とはいえふたりとも深手を負っているようだった。

 ナイフ攻撃は服を引き裂いていて、露出した素肌はアザと裂傷だらけになっている。


「クソがっ! ただのハードグミのクセしやがって、飛び道具まで持ってやがったとは……! アバラをワンペア持っていきやがった……!」


「エイトってば骨までフニャチンなんだねぇ、俺ってばたったの1本だよ……!」


「チッ、さえずりやがって!」


 エイトさんもシトラスさんも満身創痍でヘトヘトなのに、へんなことで意地を張り合っている。


「……おふたりとも、いいかげんにしてくださいっ!」


 僕の気持ちを代弁するかのような声が、横から割り込んできた。

 その声の主は、僕たちを叩き起こしてくれたのと同じ女の人。

 暗がりの通路に立つ姿は、夜の女神のような佇まいだった。

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