05 ダマスカスライムとの戦い1
05 ダマスカスライムとの戦い1
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
色のない空間を、どこまでもどこまでも落ちていく。
色どころか感覚までもを奪われているような気がして、前後不覚に陥りそうになる。
しかし少し離れたところに姉弟たちの姿を見つけたおかげで、とりあえずどっちに向かって落ちているかだけはわかった。
姉弟たちは気を失っているのか、身体を投げ出したままピクリとも動かない。
僕は冒険者でいろんな窮地に立っていたから、かろうじて意識だけは保てていた。
このまま落ちるのは絶対ヤバい。
まわりに掴まるものがないか、もがいて確認する。
でも手足は空を切るばかりで、なんの手掛かりもない。
そんな状態があまりにも長く続いたので、僕の焦りや恐怖がだんだん薄らいでいく。
高い所から落ちたことは何度もあるけど、こんなに終わりの見えない落下は初めてだ。
「まったくなんにもない! ここはなんなんの!? いったいどこまで落ちるの!?」
僕はもうヤケになって、そしてワラにもすがるような気持ちで叫んでいた。
「だ……誰か……! 誰かっ! 助けてくださぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーいっ!!」
当然、
と、思っていたら、
『……いたいのいたいの、とんでいけーっ……』
そんな声が、遠雷のように聴こえてきた。
当然、空耳だろうと思っていたら……。
「ぐふっ!?」
腹に、見えないボディブローがめりこんだ。
その衝撃で、身体は風にあおわれた風船のように吹っ飛ばされる。
もうなにがなんだかわからなかったけど、遠方にちいさな光が瞬いているのを発見。
その光に向かって手を伸ばすと、光は僕を見つけたようにぐんぐん大きくなっていく。
それはやがて、僕を飲み込むほどの大きさとなる。
僕は最後の望みをかけて……というか吹っ飛ばされているので否応なく、光のなかに飛びこまざるをえなかった。
「うわぁぁぁぁーーーーーーーーーーっ!?!?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
白んだ世界のなかで、少年は不思議な部屋のなかにいた。
その部屋は全面が鋼鉄でできているのか、鉛色に鈍く光っている。
天井も床も壁も、一枚の鋼鉄の板を折り曲げて作ったみたいにのっぺりしていて、鋲ひとつ打ち込まれていない。
そのせいか、箱のなかに閉じ込められているような錯覚に陥る。
部屋の大きさは目測できなかったけど、室内には無数の兵士たちがひしめきあっていたので、かなりの広さがあるのだろう。
兵士たちは敵の城内でも攻め落とせそうなほどの軍勢で、熱気と緊張感がこっちまで伝わってくる。
兵士たちの視線の先にあったのは、室内の隅に立っている像。
筋肉美をたたえるその裸夫像は、部屋の材質と同じ鋼鉄製だった。
像からもっとも遠い場所、軍勢からするとしんがりの位置には陣が敷かれている。
総大将らしき軍服をこれみよがしに勲章で飾った初老の男が、立派なサーベルを片手に叫んでいた。
「私の力を思い知るがいいっ! うてーっ!」
そのかけ声と同時に、最前列に居並んでいた大砲が次々と火を吹く。
間髪入れずに魔術師たちが前に出て、爆炎魔法を叩き込む。
後続からは絶えず弓矢が放たれ、黒い雨となって降り注いでいた。
熱風と炎が押し寄せてきても、兵士たちは攻撃の手を緩めない。
間欠泉のごとき灰色の噴煙がもうもうとあがり、視界が遮られる。
それは戦いの幕が開くと同時にカーテンコールが行なわれるような、一気呵成のすさまじい攻撃であった。
もしこれが城の中であったなら、周囲の壁はきれいさっぱり無くなり、城ごと崩壊をはじめていてもおかしくはない。
しかし……煙が晴れた先にあったのは、かわらぬ灰色の景色。
滑らかなままの壁と床、そして裸夫像だった。
鋼鉄の筋肉のまわりには、ノーダメージの証である、白い『0』が余裕の証のように浮かび上がっている。
兵士たちは夢でも見ているのかと驚愕し、後ずさった。
「ば……ばかなっ!? 攻城兵隊、魔術師隊、弓矢隊、ひとつとして通用せんとは……!?」
「どれも、我が軍の粋を集めた最強軍団だぞ! 単独でも、小国の城であれば攻め滅ぼせるほどの力があるというのに……!」
「や、やっぱり……! ダマスカス鋼の武器でないと傷付けられないというのは、本当だったんだ……!」
すっかり臆してしまった兵士たちを、総大将は一喝する。
「ええいっ、怯むでないっ! 相手は一匹だぞ! たった一匹のモンスターよりも我が軍が劣るなど、あってはならんのだっ! 次は投石機で……!」
総大将の視界は、投石機で打ち出されたかのように天井高く上昇していた。
彼だけでない、その場にいた数千人もの兵士は、重力から解放されたような浮遊感を味わっていた。
彼らが目にしていたのは、仲間たちの生首。
そして円周率のように、無限に連なった数字。
988924384668492022070716438811234891453095……
裸夫像はさっきまでとは違うポーズ取っていた。
手元には、身体の一部を変形させて作ったような死神の大鎌。
足元には、ワインの大樽を倒したような真っ赤な液体が押し寄せ、くるぶしまで濡らしていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
額が焼けつくように熱い。その痛みのあまり、僕は目をきつく閉じていた。
不意討ち気味に、高所から地面に叩きつけられたような強い衝撃が全身を襲う。
「ぐはっ!?」
硬い床の感触に骨が軋み、脳が揺れて天地がわからなくなる。
肺を絞られたみたいな声が漏れ、息ができない。
苦しい。熱でうなされている時に叩き起こされたみたいに、意識は混濁していた。
床が冷たくて、少し気持ちいいことだけが唯一の救い。
僕は身体がバラバラになりそうな痛みをこらえ、なんとか起き上がる。
「ううっ……!」
自然と漏れたうめき声とともに瞼を開けると、見覚えのある空間にいた。
僕はグッドマックスでザコをしていたときのクセで、部屋の広さを無意識のうちに測る。
そこは目測で200メートル四方はあろうかという、広大な鉄世界だった。
そのただ中には、夢で見たのとそっくりな金属製の裸夫像がある。
しかしその周囲には軍勢はいない。いるのは、たったふたりの青年だけだった。
「クソがぁっ!」
シンプルな暴言とともに裸夫像に斬り掛かっていたのは、金髪に碧眼の青年。
ウルフヘアの髪を、そして革ジャンの裾までもが逆立つほどの力強い太刀筋で連撃を浴びせている。
二刀流の剣撃がヒットするたび、汗と火花がほとばしり……。
いや、よく見たら四刀流だった。その人はブーツの両方のカカトにも剣を付けている。
アレどうやって使うんだろう? と思っていたら風車蹴りを放つ。
パワフルな風鳴りとともに、軸足と蹴り足の二連続で裸夫像の首筋を切りつける。
その蹴りは人間相手なら剣なんて付けていなくても、一発ノックアウト間違いなしの威力がありそうだった。
しかし裸夫像相手には、0の数字でできた花飾りを首に掛けるだけに終わる。
同じく裸夫像の背後、中距離からは別の青年が打ち込んでいる。
それは戦っているというよりも踊っているみたいだった。
軽やかなステップとともクルリ回ると、白銀の髪が吹雪のようにきらめく。
服装は東の国の踊り子かと見紛うほどに、エキゾチックで艶やか。
きらびやかなラメの光沢が走ると、袖から天の川ごとく長く垂れ下がったフリンジのリボンが水平に翻る。
リボンはシャープな風鳴りとともに細く鋭い刃物となって裸夫像を薙ぎ払い、金属を引っ掻いたような火花を散らしていた。
そのカマイタチのような一撃は、人間相手なら触れるだけでみじん切りになることだろう。
しかし裸夫像相手には、全身に0の花飾りを付けるだけで終わっていた。
ふたりの青年の攻撃はタイミングこそ好き勝手だったけど、どちらも目を見張るようなすさまじさだった。
グッドマックスでは最強だった、ズルスの剣技が子供のチャンバラに見えるほどに。
同時に、僕はなるほどと納得した。
あのふたりの技は並のモンスターなら一撃、それこそレッサーコモンドラゴンですら瞬殺するほどの威力がある。
技の練習なら人形相手がもってこいだけど、木製のやつじゃすぐに壊しちゃうから、鉄製の像を使っているんだろう。
しかし、練習にしてはずいぶん真剣だな。
まるで、本当のモンスターと戦ってるみたいに……。
「ぜんぜんダメージが通りやがらねぇ!
「朝からビンビンのままだなんて、このままじゃヤルよりヤラレちゃうかも!? ダマスカスライムってば名前どおり、ダテじゃないみたいだねっ!」
彼らが息荒く交わした言葉に、僕は仰天する。
「えっ!? だ……ダマスカスライムっ!?」
『ダマスカスライム』は、幻の魔法金属である『ダマスカス鋼』でできているという伝説のスライム。
スライムというのはモンスターのなかでもっとも柔らかいと言われているけど、その常識はダマスカスライムに限っては当てはまらない。
ダイヤモンドの数千倍の硬度を持つというこのスライムは、アウトゾンデルックにのみ棲息するといわれている。
最初の部屋を守るボスモンスター、別名『ルームガーダー』とも呼ばれて……。
「ええっ!? ということは、ここは……アウトゾンデルックぅぅぅぅ~~~~っ!?!?」
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