04 生贄

04 生贄


 夜明け前、グッドマックスの本拠地には全ギルド員が集結、あふれて表通りを埋め尽くしていた。


 普段は班ごとの別行動なので、こうやって全班が一堂に会するのは珍しいことだ。

 僕はザコとしてほとんどの班に配属されたことがあるので、見知った顔がそこかしこにあった。


 引っ越しメンバーたちが、割り当てられた馬車に次々と乗っていく。

 班長などのリーダー格が乗るのは座席のある馬車で、その他のメンバーは荷馬車に肩を寄せあって座っていた。


 僕ら家族に用意されていたのは、捕獲したモンスターを運ぶための檻馬車だった。

 まるで囚人になったような気分だけど、連れて行ってもらえるのなら文句は言えない。


 囚人扱いの僕らですらうらやましそうにしている残留メンバーたちに見送られ、馬車は出発する。

 弟妹たちは馬車に乗るのは初めてだったので、少し動いただけでも大喜びしていた。


「わーいわーい! おうまさん、おうまさん!」


「おうまさん、かわいい……!」


「みろよ、みんなおれたちをみてるぞ、やっほーっ!」


「ボンドにいちゃん、ほんとうにたいようがみられるの!?」


「ああ、太陽が見られるんだ! 太陽はびっくりするくらいに綺麗で、すっごく輝いてて、あったかいんだぞ!」


「うわぁ、やったーっ! たのしみーっ! はやくみたい! はやくみたいよーっ!」


「みんな、いい子にしてるんだぞ。そしたら、すぐ着くからな!」


 弟妹たちにはいい子にしろと言ったものの、僕もすっかり気分が昂ぶっていて、いっしょになって子供みたいにはしゃいでしまった。

 馬車はアウトゾンデルックの文字のある方角に向かって進んでいく。


 やがて馬車は山々に分け入り、アウトゾンデルックの文字の真下で止まる。

 まわりの山は森がうっそうと茂っているのに、僕らのいる山だけは生き物すべてが死に絶えたような、風化した岩山だった。

 山頂は紫色の霧に覆われており、ガイコツの手のような枯木が生え、あちこちに骨が転がっている。

 それまで遠足に行く子供のようだった弟妹たちも大人しくなり、すっかり怯えて僕に抱きついてきた。


「ここ、なんなの……?」


「ボンドにいちゃん……こわいよぉ……」


「怖がらなくてもいい、兄ちゃんがいるから大丈夫」


「よぉーし、それじゃあみんな馬車を降りろ!」


 ズルス班長のかけ声に、僕は「えっ」となった。

 こんな、モンスターがウヨウヨいそうな不気味な山で休憩なんて……。


 しかし他のメンバーは平気な顔で、それどころか僕たちをニヤニヤ見ながら馬車を降りていた。

 その中の数人が僕らのいる檻にやってきて、なにを思ったのか、檻ごと僕らを下ろしてくれる。


「あ……ありがとうございます。でも自分で降りられますから……」


 僕はお礼とともに檻の扉を開けて外に出ようとしたんだけど、ガチャリとした抵抗感を覚えた。

 なぜかカギが掛かっている。


「えっ、どうして……!?」


 気づくと、ふたつの集団ができあがっていた。

 檻のなかにいる僕ら一家と、それ以外のみんなに。


 なおもニヤニヤ顔に晒される僕たち。

 さすがにイヤな予感がしたので、鉄格子ごしにズルス班長に問う。


「ズルス班長! これは、どういうことなんですか!?」


「どうもこうもあるかよ! ここが、新生グッドマックスの引越し先だよ!」


 ズルス班長は、親指を下に向けて足元を示している。

 そこには魔法陣のような模様が描かれていて、たちのぼる照り返しで顔が不気味に光りはじめていた。


「えっ、他の国に行くんじゃないんですか!? ここはまだ、フォールンランドじゃ……!?」


「はぁ? 引っ越すとは言ったが、他の国とは一言も言ってねぇよなぁ!? ……まぁ、裏口ってのがちーっと気に入らねぇけどなぁ!」


 裏口……? 意味がまったくわからなかった。


 ズルス班長は「まだ、わかんねぇかぁ……?」と、口裂け男のように口角を吊り上げて笑う。

 ふたつののどちんこが、双頭の蛇のようにのたうっていた。


「ひっひっひっひっ! 俺様たちはこれから、アウトゾンデルックの一員となる! でもそのためには、生贄が必要なんだ! 使い捨てのザコの身でありながら、10年もの間ギルドに尽くしてきた奴隷精神……! そして我が身もかえりみないほどの、絶対的な家族愛……! そういうのが絶望に変わる瞬間こそが、魔王様はお好きなんだってよぉ!」


 べろり、と舌なめずりをするズルス班長。


「それに、お前の姉ちゃんをいつかは食ってやりたいと思ってたんだよなぁ……! せっかくだから、生贄になったあとでねぶり尽してやるよぉ……! じっくり、たっぷりとなぁ……! ひーっひっひっひーっ!!」


 その瞬間、僕は僕でなくなる。

 我を忘れる怒りのあまり、獣のように絶叫していた。


「うわぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーっ!! そ……そんなこと……させてたまるかぁっ!! 出せっ! ここから出せぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 激情に全身が熱くなる。僕は火だるまになったように暴れ、鉄格子を揺さぶった。

 動物園で、サカリのついたゴリラを見るかのように爆笑するズルス。


「ひっひっひっひっ! そうそう、それそれ! その超ウケるリアクションが欲しかったんだよ! やっぱり俺の目に狂いはなかったぜぇ!」


「いやぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」


 背後からおこった耳をつんざくような悲鳴が、僕の心をさらにかき乱す。

 振り返ると、檻の床は黒一色に染まり、ぞわぞわとうごめき、羽虫の群れのように姉弟たちにたかっていた。

 横たわる姉はすでに黒い海に沈み、弟妹たちはもがいている。


「や……やめろっ! 離れろ! 離れろーっ!!」


 僕は飛びかかって虫を追い払おうとする。

 しかし踏み出した足がずぼっと沈み込み、泥沼に脚を取られたように動けなくなってしまう。

 視線を落とすと、僕の半身は暗黒の底なし沼に沈み込んでいた。

 おぞましい有象無象の虫たちが這い上がってきて、僕を、僕たちを飲み込んでいく。


 それでももがいた。手の伸ばし、鉄格子を掴んだ。

 でも檻ごと沈下していく。


 沈みゆく最中に目にしたのは、全身を虫に覆われたズルスの姿。

 たかる虫を振り払うどころか、耳や鼻、目や口から出入りさせていた。

 すでに身体の中にも虫が潜り込み、浮き出た血管のように肌の下で蠢いている。


「これで俺様は、最高の臓物になれる……! そしてお前は、永遠に……!」


 その宣言と同時に、僕の額に焼きごてを押し当てられたような激痛が走った。

 痛みにのけぞる間もなく、身体は闇よりも深い暗黒に沈んでいく。

 直後、腐った床板を踏み抜いたような感触とともに、無の空間に放り出されていた。

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