03 アウトゾンデルック
03 アウトゾンデルック
「みんなして、なにをモメてたんだい?」
「ボンドにいちゃん、あれがたいようだよね!?」
次男のコレルが空を指さす。その先には、この国のどこにいても見えるような大きな文字が浮かんでいた。
文字は『アウトゾンデルック』と読める。
「いや、あれは太陽じゃないよ。アウトゾンデルックっていうんだ」
弟妹たちはハモる「「「「あうとぞん……るっく?」」」」
「あれはね、この国に魔王がいるってことを示してるんだよ」
魔王は肉体を滅ぼされると魂が切り離され、この世界のどこかに飛んでいく。
魂は異次元へと繋がる
その
アウトゾンデルックが世界のどこに現われるのかは不明みたいなんだけど、現われた国の空には光の文字が浮かび上がる。
国のどこかにある
ちなみにアウトゾンデルックの文字は魔王自身が出しているそうだ。
かなり大まかとはいえ、なぜ自分から居場所をバラしているのかというと、より多くの人間を呼び込むためという説が有力とされている。
アウトゾンデルックは、魔王城を遥かに超える強さのモンスターがひしめく最強の
その凶悪さに敗れ去っていく人間の絶望こそが、復活のエネルギーになるからだと言われている。
『余はここにいるぞ、倒せるものなら倒してみろ』という、魔王からのメッセージ。
こんな挑発的なことをされては、人間側も黙っているわけにはいかない。
アウトゾンデルックが現われた国の王は、世界の平和と国の威信をかけ、軍隊を総動員して攻略する。
しかしいまだかつてアウトゾンデルックの最下層はおろか、最初の
さらに時間制限まであり、アウトゾンデルックに挑戦できるのは、出現してから一定の期間のみ。
空に浮かび上がる『アウトゾンデルック』の文字の下には、その情報が表示されている。
アウトゾンデルック
フロア0 ルーム0
あと6日6時間18分
『フロア0 ルーム0』というのは、まだ誰も今回のアウトゾンデルックに入った者はいないということだ。
そして『あと6日と6時間と18分』で、アウトゾンデルックは閉ざされる。
閉ざされてしまうとあの文字は消え去り、それから1年後に魔王は復活を果たす。
アウトゾンデルックに入れるのは選ばれた者のみだが、まつわるルールは有名なので多くの人が知っている。
しかし弟妹たちまだ幼いので、あの文字を太陽と勘違いしたようだ。
太陽でないとわかるや、弟妹たちは「なーんだ」とつまらなそうに言い捨て、僕の荷物に興味を移す。
「ボンドにいちゃん、きょうはごはんはあるの?」
双子の妹のジョイとジュイが尋ねてきた。
ふたりは顔はそっくりだけど性格は真逆。かたや期待に満ちた顔で、かたや不安が入り交じった顔をしている。
Fランクギルド、グッドマックスのザコには給料というものは支払われない。
かわりに、ギルドの正規メンバーの食べ残しがもらえることになっている。
その正規メンバーの食事すらも、元をたどれば他国からやって来た残飯。
この国では、残飯の残飯の残飯にありつくのも戦争だ。
でも冒険者ギルドにいさせてもらえる間は、少なくともその戦争だけは免れることできる。
ひもじい思いをする日も、かぎりなく減らすことができるんだ。
僕は末っ子のトリスを抱っこしながら、ニッコリと笑った。
「ああ、今日もギルドからもらってきたよ。中に入ってみんなで食べよう」
「わーい! ごはん! ごはん!」
おおはしゃぎの弟妹たちとともに家の中に入ると、古新聞で作った寝床から姉さんが起き出す。
「おかえり、ボンド」
「ただいま姉さん。寝てなきゃダメだよ」
「今日はすこしだけ調子がいいの」
姉さんはこけた頬に枝毛を貼りつかせたまま、力なく笑った。
「ごめんねボンド、わたしがこんな身体なばっかりに……」
「もう、それは言いっこナシだって。それよりも、ギルドからごはんをもらってきたよ」
「わたしはいいわ。ボンドがお食べなさいな」
「いや、僕はもうギルドでごちそうになったからいらないよ。それよりも姉さんが食べなよ、でないと元気になれないよ」
僕はいつもウソをついていた。
もしかしたら、姉さんは気づいているのかもしれないけど。
末っ子のトリスが「はい、あーん」と、姉さんに干からびたリンゴの芯を差し出す。
姉さんは泣き笑いのような笑顔を浮かべ、「ありがとう」と口に含んでいた。
ごはんを食べているときは、みんなが笑顔になれる。
たとえ残り物で、お腹いっぱいになれなかったとしても。
僕はこの笑顔をずっと守っていく、そう誓った。
いつかはグッドマックスの正規メンバーになって、弟妹たちにお腹いっぱい食べさせてやるんだ。
そして……姉さんの病気を治すんだ。
この地獄のような地を抜け出し、他の国に行くことができたら……。
太陽を浴びさえすれば、姉さんはきっと元気になるはずなんだ……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
僕の願いが叶うのは何ヶ月先だろう、それとも何年後かなと思っていた。
しかし、次の日には叶ってしまった。
「テメェらよく聞け! 我がグッドマックスは、このフォールンランドより拠点を移すことになった! といっても全員が行けるわけじゃねぇ! これから名前を呼ばれたヤツはとっとと家に帰れ! そして夜のうちに、家族まとめて引っ越しの準備をするんだ!」
ズルス班長が班員全員を集めて行なった重大発表、それは僕の願いがそのまま形になったかのようなものであった。
そしてこれには誰もが同じ疑問を抱いたようで、みんなが一斉に手を挙げていた。
「テメェらの聞きてぇことはわかってるよ! 名前を呼ばれなかったヤツがどうなるかってんだろ!? そんなこと俺様が知るかよ!」
目の前で手を挙げていたザコに、ペッとツバを吐きかけるズルス班長。
「勝手にのたれ死ね! そんじゃ、名前を呼ぶぞ!」
ズルス班長の言葉を、みんなは神託のごとく祈りながら聞き入っていた。
正規メンバーですら名前を呼ばれない人もいたので、ザコの僕は置き去りだろう。
明日からの仕事、どうしよう……なんて思っていたら、
「そして、ボンド! 以上だ!」
最後の名前は空耳なんじゃないかと思い、ズルス班長に聞き返してしまった。
ズルス班長はさもうざったそうに、僕のことを手でシッシッと払いのける。
「消耗品はぜんぶ置いてって、備品はぜんぶ持ってくってことになったんだよ! チッ、こうなることがわかってたら、テメェを備品になんかするんじゃなかったぜ!」
僕はこの時だけは、備品でよかったと本気で思ってしまった。
それから僕は踊るように家に舞い戻り、姉弟たちに話す。
「みんな、引っ越しだよ! ついに、この国から出られるんだ!」
正直なところ、弟妹たちはまだ幼いので、長旅は辛いかもしれない。
それどころか姉さんは、自力で立つことすらままならない。
でもこれを逃したら、きっともうしばらくは国を出るチャンスなんてやってこないだろう。
だから僕が、
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