1−2 もとの世界には帰れない

召喚と騎士


 ホロニア帝国。

 森に囲まれて、遠くには海もあり、街中には川が流れる、自然豊かな大きな国。

 まるでファンタジー世界のような、おとぎ話の国に、わたしはやってきた。


「今夜はゆっくりお休みください」


 ナンシーと名乗ったメイドにそう言われて、大きな部屋の中、一人きりで眠った。


 不思議な夢だったな。本当にゲームの中にいるみたいだった。皆、外国人みたいだし、髪の毛の色もバラバラだった。ナンシーはわたしより四つ上のお姉さんで、金色の瞳にピンクの髪だった。メイド服がよく似合う、可愛い人。


 面白い夢だったなと、目を閉じた。


 そして翌朝、同じ部屋で目を覚ます。


「ここ……、どこ?」


 寝起きでぼんやりした頭は、あまり昨夜のことを覚えていなかった。かろうじて、変な人たちがいたなぁとだけ、思い出す。


 なんだか頭が痛いし、まだ寝ぼけているみたいだし、もう一度寝ようかなと毛布を被りかけたところで、部屋のドアがノックされた。わたしが返事をする前に人が入ってきて、頭を下げる。


「おはようございます、サヤカ様。お目覚めはいかがですか?」

「ええと……」

「朝食のご用意ができております。食事のあと、陛下がお呼びです。お召替えのお手伝いをさせていただいてもよろしいでしょうか?」

「あ、はい……」


 なんだかよくわからない話を飲み込もうとして、聞かれるままに頷いてしまった。すると、メイドはわたしの服を手際よく脱がせにくる。


「うわぁ! え、何? なにするの?」


 そうだ、メイドの名前はナンシーだった。それを思い出しても、まず驚くのは急に脱がされたことだ。


 びっくりしているわたしに、ナンシーは「お召し替えをいたします」とだけ答えて、さっさと新しい服を取り出してくる。まるでどこかのお嬢様が着るみたいな、フリルがついたワンピースドレスだ。


 なにこれ、なにするの、と同じ質問をしても、ナンシーから新しい情報はもらえなかった。とにかくわたしは着替えて朝食を食べて、王様に会いに行かないといけないらしい。


 まだ夢が続いているみたいだ。……それとも、これは現実なの?


 混乱しながら、着替えたあとはナンシーに食堂まで連れて行かれて、朝食をとった。パンとスープとフルーツ。特に変わった食材はない。スープにはトマトやナスが入っていて、フルーツはバナナや桃、マスカットがある。見知ったものばかりだけど、いつも朝はご飯とお味噌汁と目玉焼きだったわたしは、ちょっと調子が狂う。


 牛乳を飲んで、食事が終わったら今度は王様が待つお部屋だ。


「ナンシー……さん? 王様がいるってことは、ここはお城なんですか」


 わたしの歩調に合わせて歩くナンシーに訊くと、向こうは小さく頭を振る。


「いいえ。サヤカ様は昨晩、ベントワット家のお屋敷に移られました。覚えておりませんか?」

「全然……。ここはどこなんですか?」

「ベントワット家のお屋敷でございます。サヤカ様。サヤカ様はいずれ聖女になられるお方なんですから、私に敬語は不要です」

「そうなんですか……?」


 よくわからない。わたしが聞きたいのは、ここが誰のお屋敷なのかじゃなくて、わたしの知っている世界と違うようだけど、ここはどこなのかってことだ。でも、ナンシーもよくわかっていないのかもしれない。


 どうぞ、とナンシーが連れてきた部屋のドアの前に、二人の大きな青年がいた。たぶん、いやきっと、騎士だ。体を守るように胸当てと肩当てを身につけていて、それになにかの模様が描かれている。腰には剣が下げられていた。


 わたしがじっと見ていたからだろうか。ドアの前に並んでいた二人のうち、若いほうがにこりと微笑んで視線で先を促してくる。中に入れってことかな。


 このドアの向こうに王様がいて、どんな作法で入るのが正しいのかわからない。けど、誰もこのようにやれとは教えてくれなかったし、誰かがドアを開けてくれる気配もないので、控えめにノックしたあと、自分でドアを開ける。


「おはようございます……」


 中を覗くと、二人の男性がいた。そして、彼らを守るように、そばに二人ずつ護衛の人がいる。


 わたしは、部屋の中央にあるソファで、偉そうに座る男を見て、昨夜のことをもう少しだけ思い出した。


 そうだ、あの人が王様だ。髪は銀みたいにキラキラと白く光っていて、目は黄土色。顔や手に深いシワが刻み込まれているから、結構なお年だろう。威厳はあるけれど、怖い雰囲気はない。


 一方で、もう片方の男はちょっと嫌な感じがした。王様よりは黒が混じる、灰色の髪の毛。家のトイレに置いてあったお掃除用品と同じような濃い青の瞳。顎が尖っていて、口元はなにか不満がありそうなへの字に曲がっている。けど、たぶんあれが素の表情で、なにも不満なんてないのだろう。


 現に、わたしに声をかけるとき、その人は笑って優しい声を出した。


「さあ、こちらへおいで、サヤカ。初めての世界で戸惑うだろう。そこに座りなさい」


 示されたのは、王様の斜め横の席で、その人とは向かい合わせになる位置。なんだか落ち着かなくて、わたしは二人から少しだけ離れたところに座った。


「サヤカ、昨日の話はどれくらい覚えているか?」


 王様に訊かれて、わたしはおそるおそる頭を振る。ほとんど、なにも覚えていない。


 そうか、と王様も優しく頷いてくれる。この二人は悪い人ではないのかもしれない。わたしはドキドキしながら、「あの」と口を開いた。


「ここは、どこですか?」


 ナンシーに何度もした質問。


 純粋なわたしの問いに、王様はしわくちゃの手で顎を撫で、ふむ、と頷いた。


「ここはホロニア帝国である。ワシは第二十二代目の国王、ハーラモウムだ。そして、この男は君の養父となったフェイド・ベントワット」

「昨日挨拶をさせてもらったが、サヤカは眠そうだったからね。私のことは覚えていないだろう」

「……ごめんなさい」

「気にしなくていい。聖女見習いは皆、そういうものだと聞いているからね」


 柔和なフェイドさんの様子にほっとする。わたしはもぞもぞと足を動かして、知らない大人と会話する緊張感と戦いながら、疑問に思ったことを訊いた。


「あの、聖女ってなんですか? わたし、お家に帰りたいんですけど、ここからはどうやったら帰れますか?」


 口にしてから、変なことを言ってしまったと、慌てる。これは夢なんだから、家に帰るなんて言うのはおかしい。いつ夢から醒めるか、それがわからないだけで、わたしは普通に過ごしていればよかったのに。


 だけど、自然とその質問が出たのは、本能的に悟っていたからかもしれない。


 わたしに逃げ場はないって。


 困惑した様子で王様が、笑う。


「帰れるはずなかろう。サヤカ、そなたはこの世界で聖女になるため、召喚された。そなたも昨夜、聖女になることを契約しただろう。一生、この世界にいると誓いを立てたのだ」

「……え?」

「覚えていないか? だが、一度した契約は取り消せないぞ。一度立てた誓いを破れば、その身に大きな災いが訪ずれる。だから、サヤカ……」


 あくまで、子どものわがままを諫めるように、王様は告げる。


「家に帰りたいなんて、もう言ってはいけない」

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召喚と騎士 夢十弐書 @mutonica

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