召喚と騎士

夢十弐書

 

第一部 召喚された少女と一年生騎士

1-1 聖女の召喚


 来週、小学校の卒業式がある。壇上に上がって、朝谷早弥果殿と書かれた卒業証書をもらって、わたしは六年間通った潤薬小学校を卒業するのだ。


 そう楽しみにしていたわたしは、なぜか知らない世界にやってきていた。


「聖女の召喚に成功しました!」


 目の前がピカッと光って、眩しくて、目を閉じていた一瞬の出来事だった。知らない人の大声が響いて、怖くなっておそるおそる閉じていた瞼をそっと開いた。


 わたしの目は、おかしくなっちゃったんだろうか。


 ここは、自分の部屋じゃない。なんだか古めかしい建物の中にいる。電気なんてついてなくて、代わりにたくさんのランプが石の壁にかけられていた。床も石だ。その上にわたしは倒れていて、起き上がると周りから歓声があがる。


 これは、夢?


 歓声をあげる人たちは皆、おとぎ話に出てくる魔法使いが着るようなローブを着ていた。でも、色は白だ。綺麗に洗濯された真っ白いローブはランプの光を反射するように輝いていて、眩しかった。


 わたしを囲む人が、一人、二人……と数えていくと十人以上いて、途中で数えるのをやめた。白いローブの人たちがほとんどだけど、一人だけ、王冠を被った偉そうなおじさんが立っている。


「目覚めたか、聖女よ。ワシの言葉がわかるか?」

「はあ……?」


 なんだろう、この夢。RPGなのかな。昨日、お兄ちゃんが遊んでいたゲームの影響?


 王冠を被ったおじさんはたぶん、王様。周りの人たちが膝をついて、頭を下げている。わたしは起き上がった姿勢のまま、ぼーっとしていて、このままじゃ怒られるかもと慌てて周りの真似をしてみた。


 でも、王様は怒らなかった。


「よう目覚めた。そなたにはこれから、我が国の邪を祓う仕事をしてもらいたい。もちろん、相応の褒美は用意している。まずは、務めを果たせるよう成長するまで、ベントワット卿のところで暮らすとよい」

「べんとわっときょう?」

「古くから続く家だ。きっと聖女にとってもよい住処になるであろう。さあ、これに名前を」


 もうちょっと、話の設定を教えてくれてもいいのに、このゲームは不親切だ。あ、ゲームじゃなくて夢だからスムーズに話が進まないのかも。


 わたしも、渡されたペンを受け取って、示されるままに、朝谷さやかと名前を書いた。上になにかいろいろ書いてあるんだけど、これはなんだろう? 読めない。


 名前を書き終わってから、王様はわたしの手を掴んで、ペン先でプツリと人差し指を刺した。


「いたっ……!」

「すぐに終わる。我慢しなさい」


 じわりと血が滲み出した指を、わたしの名前の上に押し付けた。そうするとインクの黒に赤が浸透するように色が変わっていく。


 不思議な光景に見入っている間に、事は終わった。


「これでそなたは我が国の聖女だ。大人になった暁には、国のために働くんだぞ」


 これは名誉なことだと、周りの皆が口を揃えて祝いの言葉を述べている。わたしは一人、状況が飲み込めずにポカーンとしていた。


 変な夢。


 そう思っていたのに、違っていた。




 わたしは知らない間に、この国から逃れられない契約を結ばされていたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る