第35話 もう一人の…
「太一君、この香り、好きでしょう?」
俺を見つめる瞳が尋常で無い状況を物語る。
俺は、声を出すことも出来ず、ただずっとその女性を見つめていた。
「お、お前!な、なんで!!!!」
「だって、こうでもしないと太一君、思い出さないでしょ?」
「思い出す!?はぁ!?」
俺の身体が固まったまま動けないのを良いことに塩谷あかりはますます調子づいた顔を近づけてくる。
「お前、何者なんだよ!」
「えっ、まだ分からないの?私だよ、私。あかりんだよ」
「えっ……」
た、確かに聞き覚えがあるその名前に俺の頭の靄がすっと晴れていく。
「あかりん?まさか、あの時の?」
俺は、消毒液と点滴の機械の音が小さく響く白い病室を思い出した。
母さんが入院していた病室は六人部屋だったのだが、その中に背が小さな女の子がいた。妙に母さんに懐いていて、俺がお見舞いに行くとその子も嬉しそうにしていたっけ。
『あかりんは、もっとリハビリ頑張らないと駄目だよ』
『あかりん、ほら、勉強もちゃんとしなきゃ』
『あかりん!またブロッコリー残してる!全部たべないと駄目だってば』
母さんは何かにつけてあかりんのことを気にかけてたな。
まさか、今、俺の上に乗って妖しいオーラを醸し出している女性があの時の少女だったとは…。
「やっと思い出してくれたみたいだね。太一君」
「…っ。だって、おまえ、相当前のことだぞ。思い出せるわけないだろう?って、おまえ、俺と同じ歳だったのか?」
「そうだよ。私、ずっと病院にいたでしょ。そういうのもあって、背も伸びないし体重もなかなか増えなかったからずっと小さかったんだけど…。退院してからは急激に成長したっていうか、ほら、ここらへんも」
西谷あかりは、自分の胸を掴むともゆっくりと動かしている。
「ばか、そ、それはいいんだよ」
「ふふ。赤くなってる〜。可愛い〜〜。美衣ちゃんちはそっちの方はまだなの?」
「揶揄うのはやめろよ!そんなのお前に関係無いだろ!」
もう我慢ならない。こいつ、何を考えてるんだ。
すると、西谷あかりは、急に真面目な顔をするとぽつりと話し出した。
「太一君のことは貴子さんに聞いてるから何でも知ってるよ。趣味も好きな食べ物も、色んな癖とかもね。だけど、貴子さんが亡くなってからは太一君は病院に来なくなっちゃったでしょ。それで、太一君に会えなくなって、私気づいたの。私には太一君しかいないってね。だから、私いろんな手段を使って必死に探したんだよ。そして、漸く太一君を見つけて、この大学に編入してきたって訳」
「はっ?お、俺を追って来たっ!?それに編入って。お前、駄目だろ!自分の人生をそんなんで選択すんじゃないよ!」
俺は溜まらず、塩谷あかりを右手で払いのける。
「え?知らないの?私、貴子さんに太一君のお嫁さんになるってずっと言ってたんだけど」
「そ、そんなの。俺知らないし関係ないよ…」
「でもね、貴子さんは、『いいよ』って許可してくれたけど…」
なんだか訳が分からない状態になってきた。
美依と俺、それにもう一人が加わって、これから先、どうなるのだろう…。
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第三十五話を読んでいただきありがとうございました!
次回、「約束」をお楽しみに!
皆さま、どうぞお時間のある時に遊んでいってくださいね!
引き続きよろしくお願い致します。
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