第28話 慣らし運転

 目が覚めると私の横で太一が眠っていた。

 あっ、そうか、また、私やっちゃったんだ。壁に掛かる時計を見ると午後十時になっていた。


「三時間も眠ってたんだ…」


 太一の瞳を見た瞬間、私の頭のてっぺんまで血が上っていき、目がくるくると回り出す。そして、意識が遠くなるといういつのもパターン。

でも、なんで今回は三時間だったんだろう。今までは、ほぼ半日、いや一日寝ていることもあった。だけど、今回はこれまでの失敗の中でももっとも少ない時間で私は目を覚ました。


 横で眠る太一の髪を撫でる。

 男の子なのに太一は昔からとても綺麗な髪質だ。だから私は負けない様に毎日丁寧にブラッシングを欠かさない。なんて、知らないだろうな…。


「太一の寝顔可愛いな…」


 私は太一の顔を覗き込む。

 太一が眠っていれば私は思う存分彼の顔を見ることが出来る。


「睫毛、長いな〜、ふふっ、女の子みたい。あっ、やっぱり鼻と口って貴子さん似なんだ。耳の形も!!」


 太一のお母さん、貴子さんは、病気で既に亡くなってしまった。あの時、病室に呼ばれ言われたことを私は今も一言一句間違えずに言える。あの約束はしっかりと守って、いや、その約束以上に太一を幸せにしたい。そう、私ならそれが出来る!出来るはず!と自分に気合いを入れる。


「う〜〜ん。美、、、依」


 私が少し動いたからか、太一が軽く伸びをしてベットに中腰に座る私の方へ身体を寄せてきた。

 ふう、まだ、眠っているみたいだ。でも…。ご飯も食べれてないのに、悪かったな…。ほんと、早く、太一の瞳に慣れないと…。


「そ、そうだ!!」


 私は、太一の顔を両手で挟みこみじっと見つめる。

 まだ、夢の中の太一は、私になされるままだ。とても優しい表情をしているな…。きっといい夢を見ているのだろう。


「太一、太一、起きて。太一…」


「あ〜〜。ふぁ〜。ん、うん?み、美依?」


「た、太一。本当にごめんね。ご飯食べる前に私、またやっちゃって」


「い、いや、俺の方こそ。身体は?大丈夫か?」


「うん。大丈夫。あの、ちょっといいかな」


「うん?」


 私は、太一の真正面に座る。勿論、顔は下を向いたままで…。


「私、今日ね、今日ね、三時間で目が覚めたの。前回はもっと長かった。そして、思い出したの。初めて私が倒れた日は、一日眠ってたしね…。えっと…」


「うん。いいよ。ゆっくり話して」


 太一の温かい手が私の頭の上に置かれ、ゆっくりと私の黒髪をなぞっていく。

 あー、本当に、気持ちが落ち着く…。太一って凄いな…。


「で、ね。相談なんだけど。荒療治とかそういうことでなくてね。太一の瞳を見る事を繰り返してやってみたらどうかな?って」


「ん?それって?」


「何度かやってみたら慣れていくのかなって。眠る時間が短くなっていくとしたらそういうことでしょ?」


 なぜ、もっと早くこのことに気が付かなかったのだろう?私って馬鹿だ。もっと早くからやっていたら今ごろはこんなことになってないかもしれないのに。



「駄目だ!」


 私の髪をゆっくりと撫でていた太一が急に大声をだす。


「えっ?」


「駄目だよ。もし、それをするにもちゃんとお医者さんに相談しようよ。じゃないと逆にとんでも無い事になるかもしれないだろう?俺、嫌なんだよ。また大事な人がいなくなるのは。だから、ちゃんと病院に行こう。なっ!美依。それでいいか?」


 いいもなにもいいに決まってるじゃない…。


 本当に、太一は根っからの女たらしだ。

 私はいつも太一に世界一幸せにして貰っている。


 ありがとう、ありがとう、ありがとう…。太一。


「う、、ん」


ようやく捻り出した言葉は、私の深い思いとは違いたった二文字の言葉だった。



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第二十八話を読んでいただきありがとうございました!

次回、「ショートメール」をお楽しみに!

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