第10話 新江ノ島水族館

 相模湾大水槽の水色、青色、群青色に見せられた俺ら二人は、飽きもせずずっとこの水槽を眺めていた。


「太一、綺麗だね。なんだか心が癒やされるというか…」


「美依、俺も同じ事考えてた」


「ふふふ。やっぱり。そうだと思った」


 そう言うと美依は、俺の右腕を絡めると肩に頭を乗せる。


『か、、かわっ!!!!』


 俺は右腕に全神経を集中させる。色々と柔らかい所がしっかりとあたっていて、何とも言えない気分だ。


「美依、あの…、色々とやばいんだけど」


「へっ?」


「当たっているというか、嬉しいというか…」


「た、た、太一のスケベ!!!!」


 水族館の中とは思えない大声が上がり、絡んでいた腕を美依は解く。

 その時だった、階段を降りてきた集団から一人の女の子が声を発し駆け寄ってきたのだ。


「嘘〜〜!太一君も水族館に来たんだ〜」


 その女子は、そう、咲田桜ちゃん。彼女はピンク色のワンピに白のカーデガンを羽織り、足下は白のサンダルでキメていた。


「さ、桜ちゃん、どうしたの?」


「え〜〜、太一君こそ、もしかして白石さんとデートだったの?」


「いやぁ、デートというか、遊びに来たというか…」


「じゃあ、デートじゃないんだ!ほんとに〜!?そうなの?白石さん?」


 桜ちゃんは美依にも話をぶつける。すると、さっきまであんなに可愛かった美依の顔に殺気が宿ったのを俺は見逃さなかった。


「はっ!?私が太一とデートなんてする訳ないでしょ?馬鹿も休み休み言ってよ」


 あ〜〜、、やっぱり。まぁ、そうなるよな。


「あれ〜、白石さん、あっ、太一も」


サークルの部長である高橋先輩と俺の親友、玉木浩一郎、それに新人の五名がゆっくりと階段を降りてきた。


「なんだぁ〜、お前ら〜デートか!?流石、幼なじみ!!」


 俺と美依のことを良く知っている玉木が茶化しにかかる。だが、俺はその手には乗らない。


「そうだよ!いいだろう〜!羨ましいか〜」


「くっ…」


 あれ!?くっと言うのは玉木の筈なのに、何故か美依がうろたえている。

 何故だ、一体…。


 俺は、玉木に近づくと小声で問いただす。


「ところで、玉木。今日のこのメンツはなんなんだ!?」


「いや、なんか咲田が水族館行きたいとか言い出してさ。まあ、暇な俺と高橋先輩、そして新人達とこうしてはるばる江ノ島まで来たというわけさ」


「え、水族館なら品川にもあるよな。なんでここに!?」


「咲田がここじゃないと嫌だって言うからさ」


 その時、俺はふっと今日の午前の講義での一コマを思い出した。


「太一くん!今日、ランチしようよ!」


「ごめん。今日は午後、出かけるんだ」


「えー、そうなの!?で、どこに!?」


「いや、どこにって、江ノ島かな」


「え、、誰と!?」


「うーん、ごめん!内緒!」


「おい!そこ!話してばかりだと出席にしないぞ!」


 教授の鋭い指摘で、咲田さんからの追求から逃れた俺は、講義が終わると同時に「またね」と言って走って、美依と待ち合わせをしていた正門前に向かったのだ。


 桜ちゃん、もしかして、俺が誰といるか気になって来たとか!?

 もしそうだとすると、桜ちゃんは俺のことが好きとか!?


 いやいや、それはあり得ない!調子に乗るな俺!きっとただの興味心からだよな。なんて考えていると、「太一くん!ご飯食べたの!?」と桜ちゃんが聞いてくる。

「ごめん、行きの電車の中で食べたんだ」と話すと「えー、あり得ないー。江ノ島まで来たら普通は海鮮丼とかしらす定食とかでしょ!?」と思いっきり驚かれた。いや、批判されたって感じにも思えた。


 その時だった。急に『ピローン』と音が鳴った。


【太一。私は電車で食べたお弁当、美味しかったし楽しかったよ。早く二人になりたい…】


 くぅ〜!!嬉しい!!やっぱり海鮮丼じゃなきゃダメだったのか!?とちょっと落ち込んだけど、美依は本当に優しい。

 それに、俺と波長というか趣味趣向が似ているのかもしれない。


 正直、俺も、無性に美依と二人になりたかった。こういう時は持つべき友だ。俺は、玉木の横に行くとヒソヒソと話をする。


「玉木、俺、今、美依とデート中なんだよ。なんとかここから逃げたいんだけど」


「太一!やっぱりお前、白石のことが好きだったんだな。よし!俺に任せろ。その代わり今度ゆっくりと話を聞かせてくれ」


 そういうと、「ごめん。俺らちょっとトイレに行ってくる。すぐ戻るから」といい、俺をトイレの方へ連れて行く。「ほら、白石さんにラインか電話しろよ」と言われ、【美依、トイレの方へ来てくれ。一人で】とラインを送信する。


「じゃあ、俺が戻って色々と時間稼ぎするから、その間にここを出て、鎌倉の方へ行けよ!俺らは、江ノ島散策って感じにするからさ」


「すまん!玉木、ありがと!恩にきる!」


「あのさ、いらない情報かもしれないけど、さっき高橋先輩が、白石と太一は付き合ってるのか!?としきりに聞いてきたぞ。要注意だな」


「ありがとう。負けない」


 俺はそういうと、壁からひょこっと顔を出した美依の腕を握ると二人で出口に向かって走り出した。



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第十話を読んでいただきありがとうございました!

次回、「江ノ電に揺られて」をお楽しみに!



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