第2話 そばにいるよ

「太一君!おはよう!ねぇ、今日の三限目休講だって!カラオケ行こうよ」


「おー、いいねぇ。で、誰誘う!?」


「えっ、誘わなきゃダメ!?私、太一君と二人っきりがいいな…」


 くー、今、俺と話しているのは俺の所属してるアウトドアサークル『遊ぼ』の中でも一番人気の咲田桜さきたさくらちゃんだ。

 彼女のこのおねだりをする様なうるんだ瞳を見ると俺は全身の力が抜けてしまう。しかも何とも言えないいい香りがしてくる。

 俺は、気ずかれない様にそっと息を吸い込み、そして、思いっきり咽せてしまった。あー、はずっ…。


「もう太一君ったら、何やってるの!?はははー」


 良かった。どうやら気がつかれてないようだ。ふぅ。

 それにして何故、桜ちゃんは、俺だけと行きたいなんて言うのだろう。


「ねぇ。皆んなが来る前に早く行こっ」


 そう言うと、細い腕で、俺の腕を持つと走り出した。

 可愛いなぁ。黄色のミニから伸びる足に目が釘付けになる。


 その時、向こうから「太一!!」という聞き慣れた、いや、いつも叱られてる時に感じる圧を含んだ声が聞こえてきた。


 やっぱり、その声の主は…。

 そう俺の幼馴染であり俺のアパートの隣人でもある白石美依しらいしみいだった。


「三限目の休講は無しになったって。車の渋滞で遅れそうだった教授が時間通り来るみたいだよ」


「いや、今日は俺、それよりも大事なことがあってさ。だから、自主休講しようかなと」


「ばかっ。絶体に駄目よ。太一、このままだと単位不足で進級出来ないわよ。それでもいいなら私は止めないけど。きっと、亡くなったお母様が今の太一を見たら空の上から泣いてるでしょうね。まっ、別にいいけどね」


 くっそー。余りにも痛い所を突かれ、俺は一気に力を失くす。


「桜ちゃん。カラオケは、今度にしようか…」


「えー!太一君、なんでぇー!?」


「へぇー、カラオケ行くんだー!今度、皆んなで行こうよ!楽しみー!」


 美依が変なテンションで囃し立てる。しかも、桜ちゃんをクールな視線で見つめたまま。いや、睨んでると言った方がいいかもしれない。俺の顔はいつも見ないくせに…。

 

 あー、怖すぎる……。


 俺らの周りの気温が一気にマイナスに突入したかのように背中が、いや、身体全体が寒い!!


「おー、モテる男は違うなぁー。太一!お前、俺らのサークルのツートップを両手にご機嫌じゃんかー!」


 その時、近づいてきたのは、俺の同期で一番の親友である玉木浩一郎だ。


「お前、この状況を見てみろ!?俺がご機嫌に見えるか!?」


「見えるけど」


「・・・・・」


 あー、もう。ここは一旦、消えた方が良さそうだ。


「あの、俺、トイレ行ってから講義受けるから、皆んなは先に行ってて」


 そう言うと俺は皆に背を向け一気に走り出す。


『くっそ、、いつもこうなるんだよな。やっぱり、俺が悪いのか?もしくは、美依がいつも俺を監視しているからか?』


 その時だった、『ピローン』と音が鳴った。

 ポケットからスマホを取り出し、画面を見る。


【私も久しぶりに太一の歌声聴きたいよ。今度、二人で行こうね】


 それは、美依からのラインだった。

 くそっー!!なんでだよ。なんで、いっつもこうなんだ。


 実は、美依は、ラインの時だけすげぇ素直でとっても可愛い幼なじみに戻るんだ。だから、なんか、これだけ見ちゃうと、なんて可愛いんだよ…、俺、惚れてまうやろうー!って感じになってしまう。

 いや、実はもうとっくにあいつに惚れてるんだけどさ…。まぁ、そんなこと言える訳ないけど…。


 じゃあ、思った通りに返事をしてみるか…。


【俺も美依の歌う懐メロ、特にチェリーブロッサム、久しぶりに聴きたい】


『ピローン』


 速効で返事が来た。


【フリ付きで歌うからね!】


 ぐっ、、。

 あの美依が、ぶりっこで歌うところを想像してしまう。

 あー、俺、今日の夜、興奮して耐えられないかも。


【お、おう。楽しみにしとくわ】


【ねえ、忘れないで。いつも、そばにいるよ】


 俺は、スマホの画面を見つめたまま、その場に立ち尽くした。



————

第二話を読んでいただきありがとうございます!


次回、『本音はどっち』をお楽しみに!


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