私の名前を呼んで

Raom

『私の名前を呼んで』

私の名前は■□▪▫。あれ、ちゃんと伝わってるかな。

「初めまして、■□▪▫です」

 やった。ちゃんと喋れた。

「あの…私まだ名前で呼ばれたことがなくてですね」

 ツタが絡まった古びた椅子を「よいしょっと」と言いながら持ち上げる。

「えへへ…そのお前だとかナンバーなんちゃらとか無人だとか呼ばれるんですよ。失礼ですよね」

 私にはちゃんと名前がある。でも呼んでくれないの。

「この部屋からはどうも自分から出られないのです。困りましたね。ほら、あの鉄格子の窓から綺麗な青空が見えるでしょ。いいなぁ、私も自由にこの世界を歩き回りたいものです」

壊れかけのビデオカメラが変な音立てながら、どうにか私の姿を映してくれている。

「あ、今日は調子がいいです。こうやって喋れるのも、私がちゃんと『言葉を放つ』という自覚もあります。本当に喋ることも許されていませんから大変です」

 椅子からはギシギシと軋む音が止まない。

「そういえば、先程言いました『無人』ですが、これは何も残ってない人という意味です。つまりは抜け殻で、存在しても全く無意味がない人を指す言葉です」

 そう私はその無人らしい。何をやっても無駄らしいの。

「あら、充電がない?そろそろ限界のようですね。では、もう一度言います」

 私はいつか忘れいた笑顔を思い出し、飛びっきりの表情で言葉を放った。

「私の名前を呼んで」

 

 無人。その施設には無人達が収容されていた。

「おい、新人。No・37293の報告はどうした」

「それが…何度もコールしても返事が無くて。今から急いで確認に行こうと思ってます」

 先輩の管理人は呆れた顔で自分を見てくる。

「確認なんていらねぇよ。どうせ死んだんだろ?見に行かなくてもわかんだろうが」

「はは、そうですよね」

 自分は乾いた笑いで受け流す。

「無人に情なんていらねぇよ。あいつらは生きていても無意味なんだ。いてもいなくても変わらねぇんだよ」

 

 自分は仕事終わりにNo・37293の部屋を確認しに行った。

 そこには静かに椅子に座って眠っている少女がいた。

「無人さん。起きて下さい。無人さん」

 返事がない。そっと近づいてみる。

「ごめん。君の名前まだ知らないんだ」

 彼女は死んでいた。でも、悲しい顔はしてなかった。笑っていた。

「これは、ビデオカメラ?」

 自分はデータを確認する。

「初めまして、■□▪▫です」

 機械音が混じった音声が聞こえてきた。映像も乱れている。

「今、名前を言っていた?」

 自分はじっと画面を見つめる。

「この子、こんな声してたんだな」

 自分はなぜか泣いていた。

「ああ、きっとこの声なら歌も綺麗なんだろうな」

 涙が止まらない。情なんて捨てたはずなのに。

「そうだよな。もっと外の世界を歩きたかったよな」

 自分は彼女に何もしてやれなかった。無人なんて関係ない。彼女は一人の人間だ。それなのに、僕は。

「私の名前を呼んで」

 映像が途切れる。君の名前…わからないんだ。

「もう辛くないよ。ゆっくり休むんだ■□▪▫」

 いや、違う。彼女の名前は。

「レミーナ。今度はもっと広い世界に行こうな」

 するとビデオカメラの映像が急に流れた。

「ありがとう。私の名前を呼んでくれて。そう、私の名前は」

 

 『レミーナ』

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