第九雛

「ここの皮を剥ぐようにして……」


 トランが仕留めた魔物の皮を剥いでいた。

 俺は緊張して、サポートもできない。横では皮を剥ぐ作業をサキも手伝っている。

 トランの姿勢で一番感心したのは、本を見ながら手探り状態で作業を進める点だ。基礎的な剥ぐ技術は教えられたらしいが、後は本を見ながらやってみて実践あるのみ、というやり方である。それでいて、テキパキと行動している。要領の悪い俺は、手際の良いトランに羨望の眼差しを向ける。

 また、素材を余すところなく活用する姿勢に脱帽である。

 サキも一生懸命であり、ますます二人に好感を持った。それと同時に『俺もやろうと思えばできる』と心の中で虚勢を張ってしまう。

 その後は俺も手を出すようにしつつ、剥いだ皮を収納袋に丁寧に入れ、荷車に乗せた。ウサギのような魔物だが仔牛くらいの大きさだった。


「ふう、そろそろか」


 トランが汗を拭う。まだ陽は高いが、森の中に建っている小屋に一旦落ち着く。この森には、冒険者用の小屋がいくつもあるようだ。とりあえず今日は慣らし運転という意味合いもあり、早めに切り上げたのだ。また、トランとサキが俺に盾操法と炎の魔法を教えてくれることになっていた。

 二人は自分の訓練も行い、短時間ながら集中していた。疲れも感じさせず、二人は必死だ。俺は、冒険者という職業の過酷さも知ることができた。

 ひとしきり訓練に精を出したあと、二人が小屋に入った。俺たちは宿営の準備を急いだ。



 いつの間にか陽は落ちていて、灯りをつけないと小屋の中が暗闇に包まれる時刻になった。簡単な夕食を済ませ、三人で食後のコーヒーを飲んでいた。

 苦味が強いが、香りは楽しめる。俺は、この世界のコーヒーが嫌いではなかった。


「あとは頼んだ」


 トランがそう言うと、ソファで横になる。小屋と言えど、森の中で魔物もいる。夜番は立てるようにした。

 今日は前半が俺とサキ、後半がトランというふうに別けた。俺がもう少し慣れれば、三人で交代もできたんだが……。

 すぐさま寝息を立て始めたトランを申し訳なく見つめてしまった。

 よく考えたら俺はもともと三十路の男で、二十歳くらいのトランとサキに甘えるのも非常に気が引けた。早く役に立てるようになろうと決意せざるを得ない。


「ふふっ……。今日は疲れたでしょう」


 近くに座るサキがやや小声で話しかけてくる。小屋にはソファが二脚しかなく、少し離れてトランが休んでいる。そのため、残りの一脚に俺はサキと座り、トランが起きないように小声で話しているのだ。

 ……なんか、イイ。……じゃなかった、確かに今日は疲れた。緊張しっぱなしだった。

 サキは子供っぽい表情を見せてくるが、お姉さんで、トランも毅然とした態度を崩さないが、親切な性情が隠しきれていない。だいぶ俺も接し方が砕けてきて、普通に会話が交わせるようになっている。

 ただ、今の俺は初めての戦闘や盾の扱い、魔法の説明など最大限吸収しようと意識した結果、極限までの疲労を感じていた。つまり、眠い。

 サキの囁く声が、子守唄のようだ。


「……私がなかなか見知らぬ人と、接するのが苦手で……」


 経緯がわからなくなったが、なんだか俺がサキとトランに声をかけてもらった説明をしてくれているようだ。ウンウン頷いているように見えるだろうが、俺は半分寝落ちしている。


「ショセイならなんとなく大丈夫そうな気がして……」


 俺の名前は『ショウセイ』だが、人に名乗るとき、諸事情により『ショセイ』になってしまった。……まあ、滑舌なんだが。もういいや、とそのまま『ショセイ』と名乗るようにした。登録カードも『ショセイ』と記入してある。

 しかし、色々なシーンで『ショセイ』って呼ばれにくいね。例えば、『ショセイ、危ない!』とか『ショセイ、愛してる』とか。なんか響きがイケてない。切実に、呼ばれやすい名前で、仲の良い仲間と親しげに呼び合うのに憧れる……。


「なにか、気になることがあったら遠慮なく教えてね。あと、これからもよろしく……」


 話を締めくくって、サキから笑顔を向けられる。


「こちらこそ、よろしく。そう言ってもらえると嬉しい」


 返す俺は気の利くセリフも思い浮かばず、辿々しい受け答えになってしまう。会話は普通にできても、当たり障りのない会話ばかりだと人間関係がそれ以上深くならず、次第に疎遠になってしまうのだ。俺に話術やコミュニケーション能力はない。

 また、女性の場合は特に受け答えを間違えると急速に距離を取られる。どういった対応が正しいのか、全くわからない。俺は相手の感情が読めない。

 俺はサキやトランかに縋り付くような心境というか、刷り込み現象のような心理が働いている。異世界で初めてまともに接した人たちだ。

 二人といると、居心地が良い。だけれど、居たたまれない不安な感覚だ。異世界という環境下にあっても俺は変われない。自分の不甲斐なさに絶望感がじわじわと押し寄せてきた。

 俺は、サキの顔がまともに見れなかったーー。



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邪王炎殺黒龍降臨〜コミュ障及び発達障害気味、時々無双〜 @hi_ruka

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