第八雛
こちらに視線を向けてくるの女性二人。
一人は、腰に長剣を差した剣士。黒髪のショートカットで長身だ。キリッとした雰囲気でやや目つきが鋭い。
もう一人は、ゆったりした服を着ている魔法使い。栗色の髪を一つに束ね、両手で短杖を握っている。こちらを警戒しているようだが、雰囲気は柔らかい。
「……」
なんだろう、目が合ったけど……。テンプレの気配もする。女性二人は変な人たちで、俺は絡まれたりするんだろうか。
「「……」」
俺の視線に気がついたのか、二人は黙り込む。黒髪の方からは睨みつけられるような視線が向けられる……。ちょっと怖くもある。コミュ障は見られると挙動不審となるのだ。
「なにか……」
いたたまれず、俺の方から話しかける。何かしら俺に話があるに違いない……? いきなり見知らぬ人たちと交渉したりするのは緊張するが、このままでは話が進まない。
「……あなた、雑役夫の募集を探しているの?」
黒髪の方が話しかけてきた。
「はい。探してます」
俺が素直に頷くと、黒髪は俺を値踏みするような視線を向け、
「私たちが雇うわ」
とそう言った。
あっさりだが、いいんだろうか。しかし、俺はこの話を受けないと生活ができなくなる。足元を見られて賃金を値切られてもしょうがない。
「はい……! まずは話を聞かせてください」
俺は交渉の意思を示した。
これしきのことで嬉しくなってはいけないが、正直仕事が決まりそうでホッとしている。
とりあえず契約の擦り合せを、ということでレストランホールに場所を移す。
二人のお姉さんは、黒髪がトランジスタ、栗色の方がサキ、と名乗った。僕が名乗り、境遇を説明すると少しだけトランジスターートランの目が和らいだ。
なお、契約についてだが『今後二週間、一泊二日の遠征に随行し、資材及び獲得物の搬送』というものであった。これから二週間の間、一泊二日の遠征を数回決行するらしい。休みを一日取り、負傷などなければ遠征する。俺の報酬としては討伐及び採取で稼いだ分の一割となった。相場はニ割らしいが、今の俺はそれで充分である。
なお、トランとサキは二人で行動しているようだ。
俺は二人と契約をした。
「あなたは闘えるの? できれば盾役か後方からの魔法援護かのどちらかをお願いしたいんだけど」
トランが確認してくる。俺は武器を何も持たず、現在『炎』の魔法を勉強中だと伝えた。
トランは呆れたように、レンタルの盾を借りるので試しに盾役をやってみることとサキから魔法を教わることを提案してきた。
……願ったり叶ったりである。
こうして、俺は冒険の一歩を踏み出すことができた。
ちなみに、決め手はもちろん他の選択肢がなかったこともあるが、二人が悪人に見えなかったこと、である。まあ、俺には人を見る目がないので、実は二人が悪人で、危害を加えられそうになっても女性二人からなら逃げやすそう、と考えたこともある。
もっと言うと、二人とも可愛いいんだよね。コレ、大事だと思うーー。
◇◆◇
出発はその翌朝である。
俺は集合場所に早めに着いた。時間があるみたいで、これから始まる冒険についていを馳せる。そして色々考えるうちに、これがもし頭の回転が速い人間ならば昨日のうちから情報を収集してたり力の検証を行っていたかもしれないと思い始めた。俺はそこまでの行動力がなく、早々に休んでしまった。少し後悔してしまう。何事にも情報収集と準備は必要だ。そう考えてしまうと、なんだかいたたまれない。
先程の高揚感が嘘のように萎んでしまった。
「ふぅ……」
思わず溜息が漏れる。
「……お待たせ」
「今日からよろしくお願いします」
そんな俺に声がかかる。トランとサキが到着した。
「あ、よろしくお願いします……」
ドキッとしながら挨拶を返す。
その後、二人に連れられて武具店でレンタルの盾を借り、馬車溜まりから目的地に出発した。
昼過ぎには目的地ーーケレンの森へと到着した。今回はこの森で一泊の予定だ。
ケレンの森はノキアの街から北に100キロほど離れたところに位置する。意外と馬車は速度が出るもので、街道も舗装されていた。
質の良い馬で馬車を牽けば、車と同じくらいの速度を維持できるようである。
なお、今回利用した馬車は乗り合いのもので、明日の帰還で利用する馬車は街道を運行する馬車に乗る手筈だった。
ケレンの森は冒険者の中でも経験の浅い者が好む場所であり、比較的魔物も弱い。入口から近い場所であれば日帰りの討伐や採取も行われるようだ。
俺たちは一泊なので少しだけ森に深く入る。
トランもサキもまだまだランクは高くないため、安全を優先した討伐及び採取に挑む日々なのである。二人での限界も感じているため、パーティーを探すことも考えているらしい。
俺としては、人が良さそうなトランとサキと一緒に冒険してみたい。可愛いし。
しかし、
『ーー自分たちより経験のある人たちとパーティーを組みたい』
と話していたトランとサキ。なんだか、前向きな姿勢に好感が持てる。向上心があり、とても好ましい姿勢だ。しかし、とてもパーティーを組んでください、とは言い出せない。
向上心、俺も見習わねば……。なんだか、少し寂しく感じる……。
さてーー、今回の目的はケレンの森にすむ魔物の討伐である。ケレンは危険度の低い魔物が一定数生息しているし、採取すべき薬草もある。
聞いたところでは、薬草から食材に利用されるものまで、森は素材の宝庫のようだ。人工的に栽培されたものと自生したものでは一線を画すらしい。
魔物といえば、森に生息する猪や熊などの獣タイプの魔物が主であるようだ。魔物を倒せば角や毛皮等が戦利品となり、冒険者の財源となる。
俺は組立式の荷車を渡された。資材が入っており、戦利品を獲得すれば搬送の道具となる。
森に一歩足を踏み入れると森の香りというか、瑞瑞しい草の匂いと風に土の匂いが混じり、生々しい感覚が俺を支配した。これから、森に入っていくんだと改めて認識する。
俺はまだTシャツとGパンだが、マントとブーツをトランとサキから中古品を渡された。報酬から差っ引かれることにはなっているが……。
ポン、と肩が叩かれる。
トランだ。
「まあ、力を抜いていこう。そんなに危険な所までは入らない」
どうやら、緊張している俺を見て、声をかけてくれたようだ。心遣いが嬉しい。
ついでに言うと、トランから微かに良い匂いがしたのとサキの笑顔に舞い上がってしまったことは内緒だが。
「はい! 安全第一で!」
俺は元気に返事をして二人に続き、森の中に突き進む。
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