第5話 優勝者はまさかの……
「さて、いよいよ決勝のレースが始まろうとしていますが、栗田さんはどの選手が優勝すると思われますか?」
「そうですね。人間に妨害されないという前提なら、私は筆箱選手が優勝候補の筆頭だと思います」
「なぜそう思われるのでしょうか?」
「先程レポーターの田中さんが言っていたように、筆箱選手にはまとめ役のイメージがあるので、他の選手は若干やりづらいのではないでしょうか」
「なるほど。では、その筆箱選手に他の選手がどれだけ食らいつけるかが、このレースの見所ということですね。さて、先程同様スターターがピストルを持って台に上がりました。まもなくスタートです」
『バン!!』
「号音一発、各選手が一斉に……おおっと! スタートと同時に、五コースのコンパス選手が自らの針を軸にして、地面を掘り始めました! 高速回転の凄い勢いで掘っていきます! 栗田さん、彼はなぜこのような行為に及んだのでしょうか?」
「大方、他の選手の妨害をしようと思ったのでしょうが、いずれにせよ浅はかな考えとしか言いようがないですね」
「そのコンパス選手ですが、回転がだんだん弱まってきました。ずっと高速回転だったため疲れたのか、それとも昨夜の酒がまだ残っていたのかは分かりませんが、フラフラの状態で今、力尽きました! まさに、墓穴を掘ったというところでしょうか。これでコンパス選手は脱落となり、他の七選手の争いになりました!」
──今回は自分から脱落するパターンか。まあ、人間による妨害ばかりだと飽きるからな。
「さあ、七選手の中で抜け出したのは……消しゴム選手です! 消しゴム選手が猛スピードで他の選手を引き離していきます。彼も先程のホッチキス選手同様、インタビューでは弱気な発言をしていましたが、どうやらそれは隠れ蓑だったようです」
──まあ、彼が先頭に立つのはある程度予想してたけど、問題はどんな風に妨害されるかだな。
「ああっと! 先頭を走っている消しゴム選手の前に、先程交換日記をしていた男子高校生が立ちはだかりました! そして、向かってくる消しゴム選手を簡単に拾い上げ、ノート選手に書き込んだ文字を凄い勢いで消していきます。栗田さん、これは一体どういうことなのでしょう?」
「恐らく、彼は彼女に対する自分の思いを書いていたのでしょうが、それを彼女に読まれるのが、寸前になって恥ずかしくなったのでしょう」
「なるほど。いずれにせよ、これで消しゴム選手は脱落となり、残るは六選手となりました」
──まさか、さっきの高校生がまた現れるとはな。ほんと、あの手この手を使って妨害してくるよな。
俺はよく考えられた演出に感心すらしていた。
「先程の消しゴム選手の姿を見て、選手たちはお互い牽制し合っています。選手たちは先頭に立つのを嫌がって、ほぼ横一線で走っております。おおっと! その選手たちの前に、今度は二人の男子小学生が立ち塞がりました! そして彼等は、それぞれシャーペン選手とえんぴつ選手を拾い上げ、ペン回しを始めました! 栗田さん、これは一体どういうことでしょうか?」
「彼等は、自分たちがペン回しできることを、この大観衆の前で披露して目立ちたかったのでしょう。あの年頃は、そういうことを考えがちですからね」
「なるほど。というわけで、シャーペン選手とえんぴつ選手は脱落となり、残るは四選手となりました」
──ペン回しねえ。まさかこの時代に流行ってるとは思わなかったな。まあ、それはいいとして、残りの四選手にはどんな困難が待ち受けてるんだろうな。
「横一線で走っていても、結局妨害されるのが分かった選手たちは、再び全力疾走を始めました。その中で下敷き選手が先頭に立ち、ゴール目指して懸命に走っております。ああっと! その下敷き選手の前に、今度は汗だくのおばさんが立ちはだかりました! おばさんは下敷き選手を強引に拾い上げ、うちわ代わりに扇いでいます。先程のインタビューの際、彼はいつもノートとセットとして扱われるとぼやいていたので、これはある意味本望なのではないでしょうか? ということで、下敷き選手は脱落となり、残るは三選手となりました」
──確かに、下敷きを単体で使うのは、うちわ代わりにする時くらいだよな。さっきのインタビューが振りになってたという訳か。
「さあ、残るは三選手となったわけですが、その中で抜け出したのは……セロテープ選手です! 妨害に遭う確率が高いにもかかわらず、セロテープ選手が果敢にも先頭に立ちました。おおっと! そのセロテープ選手の前に、今度は五、六人の女子高生が立ちはだかりました! そして、そのうちの一人がセロテープ選手を拾い上げ、自らの顔にベタベタと貼り付けております。栗田さん、彼女は一体なにをしてるのでしょうか?」
「恐らく、彼女はセロテープ選手を使って変顔を作ろうとしてるのではないでしょうか。そうすることによって、仲間たちを楽しませようとしてるのだと思います」
「なるほど。確かに周りの仲間たちは、彼女の顔を見て大爆笑してますね。ということで、セロテープ選手は脱落となり、残るは二選手となりました」
──変顔だと? さっきのペン回しといい、二十二世紀の日本は意外なものが残ってるんだな。そんなことより、これで二選手に絞られたから、次がいよいよ最後の妨害になるんだろうな。
気が付けば、俺は画面に釘付け状態になっていた。
「さあ、レースも終盤を迎え、残るは分度器選手と筆箱選手だけになりました。この中で抜け出したのは……筆箱選手です! 優勝候補筆頭の筆箱選手がついに先頭に立ちました。後はこのまま優勝に向かって突っ走るだけですが……ああっと! やはりそう簡単にはいきませんでした! なんと、筆箱選手の行く手を巨大な象が立ち塞ぎました! 栗田さん、ここに来て、なぜ象が現れたのでしょうか?」
「たしか、二十世紀のテレビのCMに、『象が踏んでも壊れない筆箱』というのがあったのですが、もしかするとそれを再現しようとしてるのかもしれません」
「えっ! さすがに、それはないと思いますが……おおっと! 象の巨大な前足が、筆箱選手の頭上に振り下ろされました! 果たして筆箱選手の運命は……ああっ! ぺしゃんこです! 『象が踏んでも壊れない筆箱』を再現しようとしたのかどうか分かりませんが、筆箱選手は見るも無残な形となってしまいました!」
──まさか象まで登場するとはな。というか、あの象は一体誰がどこから運んできたんだ? まあそれはそれとして、これで残るは分度器だけになってしまったが、彼がこのまま優勝するんだろうか。
「さあ、これで残るは分度器選手だけになってしまいました。後はゴールテープを切ればいいだけですが……ああっと! 分度器選手が突然コースを外れて、木に登り始めました! そして、枝の下で何やら叫んでいます」
「42度!」
「42度? 今、確かに分度器選手は42度と言いました。栗田さん、これは一体どういうことなのでしょうか?」
「恐らく、分度器選手は枝の角度を測ったのでしょう」
「なるほど! そういえば、分度器選手は先程のインタビューの際に、みんなが驚くようなパフォーマンスを用意していると言っていましたが、これがそうだったんですね。というわけで、『第一回文房具選手権大会』は優勝者なしという結果に終わりました。それでは皆さん、さよならー!」
──やっぱりな。途中から、なんとなくそんな気がしてたんだ。それにしても、二十二世紀のテレビは面白い演出をするな。ん? 待てよ。これをゲームに応用できないだろうか。細かくカテゴリー分類していけば、文房具に限らずいろんなパターンのレースができそうだし……よし! こうしちゃいられない。早く現在に帰って、新ゲームの開発をしなくては。
未来のテレビの企画からヒントを得た俺は、すぐさま電器店を出て、茂みに隠してあったタイムマシン(神崎俊夫号)に飛び乗った。
了
第一回文房具選手権 丸子稔 @kyuukomu
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