五ノ弦 僧院
おゆきたち四人が寺に辿り着くと、僧侶は心得ていたかのように招き入れてくれた。
「
おゆきが、水に浸した手拭いで
僧侶が血止めと消毒の軟膏を、ぽってりと
住職はそれを責めもせず。
「
おゆきの話を聞いている。
「
その通りであった。
「子供が生まれ育つのは簡単なことではありません。若君さまらは、まだ神の領域の住人。連れられて行くも、御心の内」
「ですが、
おゆきは、深く
「
住職は問う。
「母は」
「おゆきの言うことをよく聞くようにと。それから」
「うむ、うむ」
住職は、ゆっくりと聞いている。
「どんなものになっても、生きていればよい、と。もし、
「それが、
「そうでございます」
「これほど賢き御子なら、仏の道も
「もとより。お願いいたします」
さぁて、それから。
「
まだ傷が癒えぬ
おゆきは、
「あくまで、あきらめずにと思うのです。
「当てはあるのですか」
「
「わかりました。
「お願いできますのか。
「お任せ下さい。
おゆきは翌日、
「こちらの方角に歩かれよ」
「川に出ましたら渡られよ」
「したらば、
僧侶の説明は大体だった。
「一刻半で着けそうじゃ」
おゆきは、ふんと鼻息を荒くした。
「おゆきさま、川を渡るときは気をつけてください」
僧侶の言う通りの方角に歩いて、おゆきと
橋などない。
流れの中を歩くか、泳ぐかしかない。
「ほぅ、なんと見事な」
おゆきは、川の流れに見とれたものだ。
「てぇ、感心している場合じゃねぇ。なむかんぜおんぼさつ」
渓流で遊んで育ったおゆきも
「どぅにかなるさぁ」
おゆきは、
「さぁ、おゆきの肩に乗ってくだせぇ。川を渡りますよ」
「あいわかった」
「あは」
この状況で、という笑い方を与一がする。
「おまたが、くすぐったぃ」
おゆきも首筋に、与一の小さい物をあてられた感触に、なんだか笑えてきて、それでいて泣けてきた。
「さぁ、行きますよぅ」
そのまま、じゃぶじゃぶと川へ入って行った。
「なーむかんぜおんぼさーつ。守りたまえ」
「お前、ちぃと勢いよすぎるんだよ」
腰まで川の水に浸かったとき、あの少年の声がした。
「体動かす前に、もっとアタマ、働かせろ」
ちょっと失敬なことを言われている気がする。
「そっちは深いぞ」
気がつくと、少年が、おゆきの脇で浅い方に引っ張ってくれている。
大河となった水の勢いは強い。それを少年は、がっちりと細くないおゆきの体を支えて渡らせてくれていた。
「山で襲われた時にも助けてくれたね?」
おゆきの問いに、少年は答えない。
(絶対、人でない)
が、そんなことに構っている場合ではないと、おゆきは開き直っていた。
「はぁ、やべぇ、やべぇ。お前の
そんなおゆきに、少年は、にまにまとしていた。
川から上がり、歩いている内に自然に衣は乾いてきた。
「
そう言えば、少年の着た白っぽい
「お前のような者には、わしの助けなど必要ないな」
「そんなこと、ない。助けてもろうた。恩に着る」
「もう頼まれても助けに来ぬから、自分で生きろよ」
「――えーと。名前、何だっけ」
おゆきが横を見た時、もう少年の姿はかき消えていた。
昔々のことである。
※魂魄 たましい
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