四ノ弦 逃亡
「よもや、身内の
この男は、
腹違いの本家の兄と、生け捕りにされた。
家族や
「
「
「――そうです」
今、思えば、夜の暗がりで顔が見えぬのをいいことに、
「お足元に気をつけて」
「んん」
まともな返事を返す余裕が、
「おゆきさま、代わりましょう」
「いえ、構いませぬ。
いつ、追っ手がかかるやもしれぬから。
われらは尾根伝いに南へと下ってきた。
「ここは、敵領ではありませぬか」
おゆきは、はっとした。この山國の士豪は、そのとき、そのときの覇者に身を寄せて生き延びて来たから。今は敵のはずだ。
「
あぁ、やはり、われら、戦に負けたのだ。おゆきは、
「どこへ行くのですか」
「
聞いたことがない寺じゃった。
聞いたことがないほどでないと、逃げおおせることできぬのだろう。
「おゆきぃ」
「みずがほしい」
おゆきがしゃがみ込むと、
「もっと飲みたい」
「これを」
「いけません。
われは、与一さまを
「そうじゃ。おゆきの言うことを聞け」
「ん」
(おゆきの言うことを、よく聞くのですよ)
きっと、
「そろそろ夜も白みまする。それから、湧水を探しましょう」
そのときじゃ。武器を持った村人共に囲まれたのは。
その頃の農民は、無力ではなかった。
村ごとに鉄砲も持っていたし、武装していた。
落ち武者あれば、村人皆で殺して金目の物を奪うことなど、当たり前じゃ。
「子供と女は生け捕りにしろ。男はいらねぇ」
われは、若君二人を抱え込んだところを、髪を村人にひっつかまれて引きはがされた。
「
「子供を逃がすな!」
そのとき、急に地べたに押さえ込まれる力が失せた。
顔を上げると、へたり込んでいる若君二人を見つけて安堵する。
「なんてぇ重い子供だ」
声のする方を見ると、数人の村人が根っこの張った杉の木を抱えて、うんうん
「この女ときたら、なんてぇ
大石相手に子供に見せられない所業に及んでいる
「えいっ、えいっ」
白々と明けた山の森の中で、そこだけ何かが狂っていた。
「さぁ、この隙に行くこった」
いつの間にか、水干姿の少年が目の前に立っていた。
いや、立ってはいなかった。少年の体は
(これは人ではない)
おゆきの本能が、全力で言った。
「おめぇ」
声にならぬ、おゆきの声を、その少年は聞き取った。
「カンノンの使いを、おめぇ呼ばわりか」
少年は半眼で見下ろしてくる。
「姉とは、えれぇ違いだ」
「
「あぁ。よぅく、あの女は観音堂に来て祈っておったから。お前は」
そうだ。
おゆきも姉より体が大きくなってからは、
「適当に祈願をすませたら、姉が祈り終わるまで、日陰で昼寝していたなぁ」
少年は、よく御存じであった。観音のお使いというのは本当らしい。
姉さまの
「――
少年は、おゆきの問いには答えなかった。
「
木の根元にもたれかかっている
額も斬られて目に血が入り、回りが見えていないようだった。
少年は右手の人差し指と中指を揃え、己の口の一息をかけ、その指先を、
「気休めの血止めだ。突かれなくてよかったな。刀、振り回しているだけの奴らで」
少年の後ろで、まだ村人は虚ろな目で空を斬っていた。
何かの術にかかったようであった。
「寺はもうすぐだ。ほら、
たしかに、風に乗って焼香の香がした。
「
おゆきは
※〈鉢〉 お尻の辺りのことを言っていると思われる
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